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第14章 おじゃま虫1

 希美がやってきて日向は、胸元にあるマフィンをギュッと両手で持ち直し、朔夜は小さく舌打ちをした。 「坪内さん、なんの用だ。帰りの会の準備しなくていいんかよ?」 「もう、あいかわらずつれないな、朔夜くんは!」  そうして希美は朔夜の腕に抱きついた。 「おい、こういうのは、やめてくれって言ってるだろ!」 「なんで? そんな冷たいこと言わないでよ。朔夜くんの姿が見えないから探しに来たのに――あら? なんだ、碓氷くんも一緒だったのね」  希美は冷ややかな目つきで、日向のことを見下すように見た。  普段から女の子らしく笑顔でいる希美が、汚いものを見るよう表情をして見つめてくる。ただ、それだけのこと。  だが日向は、なぜだかわからないが、光輝たちにニワトリ小屋に閉じ込められたときよりも足が竦む思いがした。希美の目を見ていられなくて、目線を手元のマフィンにやり、あからさまに萎縮してしまう。  そんな日向の様子を見ていた朔夜は、不本意な形で隣にいる希美に対して、はっきりと告げた。 「あのなあ、もう何十回も言ってるけど、俺には好きなやつがいるんだよ。そいつに誤解を与えるようなことはしたくねえんだ」  “好きなやつ”――その単語を耳にして日向の胸は突然ドキッと大きな音を立てる。なんだろう、急に心臓がバクバクしてる……と日向は自分の身体の変化に戸惑った。なんだか無性に朔夜のことが気になって仕方がなかった日向は顔を上げた。  自信満々な様子で自分の意思を強引に押し通そうとする希美に向かって、毅然とした態度を朔夜はとる。 「好きなやつって言っても、ぜんぜん振り向いてくれないんでしょ?」 「だから、なんだよ? 俺が、ちゃんと『好きだ』って伝えなかったのが悪かっただけだ。これから振り向いてもらえるようにするつもりでいる」 「ええー!」と希美はただでさえ大きな目を見開いて、わざとらしく驚嘆する。「そういうのって無駄な努力って言うんじゃないの?」 「はあ? どういうことだよ」  語気を強めて、朔夜は自分の腕に抱きついている希美を問いつめた。 「朔夜くんみたいな()()()()に思われて、嬉しくて思わない子はいないはず。それはアルファだろうとベータだろうと変わらないわ。朔夜くん、きっとその子に告白する前から頑張ってアピールしてきたんだと思う。それなのに、まったくなびかないなんて……完全に脈なしでしょ。そんなおバカさんに付き合うのは時間の無駄よ」 「坪内さん、それは俺と俺が好きなやつが決めることだ。悪いけど坪内さんに言われる筋合いはないから。手、放してくれよ」  ムッとした表情を浮かべながら、希美は渋々ながら朔夜の腕に絡めていた手をどけた。 「後、俺の反応が面白いからって、からかうのもよしてくれ。マジで迷惑だから」 「何よ、それ・からかってなんかいないわ! 私は、あなたのことをこんなに『好き』って言ってるのに……ちっとも本気にしてくれないのね」  ハラハラしながら、日向はふたりの会話を見守る。朔夜がどういう反応をするのか見続ける。 「あんたみたいに男からチヤホヤされてる女子が、俺みたいなやつに構うとは、とうて思えない。――何か裏があるんじゃないかって疑うのが普通だろ」 「そう思いたければ、そう思えばいいわ。でも、私の気持ちは本物よ。あなたのことを恋愛対象として見ていないのに、思わせぶりな態度をとっている子なんかとは違うわ」   そこまで言うと希美は黙ったままでいる日向を視界に捉える。 「ねえ、どうして朔夜くんは碓氷くんと一緒にいたの? なんで?」 「洋子のやつに片付けを押しつけられたんだよ。で、こいつの手伝いをしてた」 「ええっ!? 碓氷くん、どんくさーい! 西(にし)(うみ)さんから嫌われて、いじめられてるの? サッカー部の朔夜くんに手伝わせるなんて、ひっどーい!」  クスクスと希美は声を立てて笑う。  朔夜は、横にいる希美のことを「なんだ、こいつ」と思いながら睨みつけた。  日向は朔夜がイライラしているのをすぐに察知して、慌てて希美の言葉を否定した。 「そ、そうなんだ! 僕がどんくさいやつだから、さくちゃんが手伝ってくれたんだよ。優しいよね! でね、洋子ちゃんは僕のことをいじめたりしてないよ。そんな意地悪な子じゃないから、坪内さん、誤解しないでね。僕が料理中に失敗ばかりしてたのに、ぜんぜん怒らないでフォローしてくれたんだ。お菓子作りも、ほとんど任せっきりだったから、片付けは僕の仕事」 「へえ、そうなの――たしかに朔夜くんって、とっても親切だし、優しいわよね」と希美は大輪の牡丹が花咲くように笑う。「だから、あなたみたいな人にも手を差し伸べるの。よかったわね、碓氷くん」 「う、うん……」  へらっと困り笑いをしながら日向は返事をする。希美が口にした“あなたみたいな”の部分にどこか引っかかりを感じながらも、仲よくしようと笑みを顔に無理矢理貼りつける。 「それにしても西海さん、可哀想。碓氷くんに足を引っ張られたりして」

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