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第10章 王子様10
急に日向が走り出したことに心は首をかしげる。
鍛冶は「あれ?」と声を出し、両目を細めた。
心が「どうしたの鍛冶くん?」と鍛冶に声を掛ける。
「なんか、空ちゃんの様子がおかしいような……? 気のせいかな……」
「そう? 普通に走っているように見えるけど――」
全速力で走っていた日向が、ちょうど空の後ろについたときだった。
空の体がグラリと横にかたむき、頭をアスファルトの地面へ打ちつけそうになる。
「空ちゃん!」
すんでのところで日向は空の身体を抱きとめ、空が頭を打つのを回避した。
空は目をつぶった状態で荒々しい呼吸をしていた。ジャージ越しに触れた体は燃えるように熱い。日向は空の額と自分の額に手をやった。
「すごい熱……どうしよう……?」
「ひ、ひなちゃん! 大丈夫!?」
「どうしたの!? 空ちゃん、いきなり倒れたりして……」
鍛冶と心は大声で叫びながら、日向と空のもとへやってきた。
「僕は大丈夫。だけど空ちゃんの具合が悪いみたいなんだ」
「「ええっ!?」」
「意識も朦 朧 としているし、今すぐ棄権させて、温かい場所に移さないと……!」
「あばばばば! どどど、どうしよう!?」
バイブレーダーのように体を震わせた鍛冶が目を白黒させて、落ち着きなくウロウロし始める。
そんな鍛冶の胸倉を掴んだ心は、神社の境内にある鐘を鳴らすように、鍛冶をブンブン振った。
「先生を呼ぶしかないじゃない!? 鍛冶くん、しっかりしてよ!」
日向は空の身体を抱き上げようと試みたが腹 部 に激痛が走り、息を詰める。痛みを堪えている日向の眉間にしわが寄る。
よりによって、こんなときに……昨日、お父さんが帰ってきてなければ、空ちゃんを運ぶことだって楽にできた。いくらなんでもタイミングが悪すぎるよ……!
混乱しているふたりを落ち着かせようと日向は声を掛けた。
「ごめんね、鍛冶くん、心ちゃん。悪いんだけど、僕ひとりじゃできそうもないから、手伝ってもらえないかな?」
「ええっ、もちろんよ。なんでも言って!」
「う、うん。ぼくたちにやれることなら! 何をすればいい?」
「ありがとう。じゃあ心ちゃんはこの先にいる先生に声を掛けてきてもらえないかな? 空ちゃんが倒れたことを伝えて。そうすれば、先生が次の指示を出してくれる。焦って走ったりしないでね。今度は心ちゃんが怪我をすると大変だから。ゆっくりで大丈夫!」
「“急がば回れ”ね。わかったわ」
心はそう言って、冷たい風を切って走っていく。
「ぼ、ぼくはどうすれば……」
オロオロしながら鍛冶は日向の指示を待っていた。
「僕が空ちゃんを背負うから、その手伝いをしてもらえる? 立ち上がるときに手を貸して。もしも僕がふらついたときは、空ちゃんが落ちて怪我をしないように支えてほしいんだ」
「う、うん」
日向は、鍛冶の手を借りながら意識のない空の手を自分の首へと回した。彼女の膝を抱え、持ち上げようとする。脂汗を滲ませながら歯を食いしばり、足の裏に力を入れる。ふらつきながらも日向は空を背負った状態で立ち上がり、肩で息をする。なんとかかんとか足を踏み出し、のろのろと歩く。
険しい表情を浮かべ、どこか苦しそうにしている日向の様子がおかしいことに気づいた鍛冶は、戸惑いがちに日向へ話しかける。
「ひ、ひなちゃん、なんだか無理してない……? ぼ、ぼくが空ちゃんを背負うよ!」
「本当は……お願いしたいところだけど……でも、空ちゃんが意識を取り戻したら……大変なことになるでしょ?」
「あっ……」と鍛冶はつぶやき、表情を強張らせる。
中学に上がってから空は、同年代の男に触れられると発作を起こすようになってしまったのだ。
最初の発作が起こったとき、養護教諭は空のバース性がベータからオメガに急変化したと思い、オメガの抑制剤を彼女に服用させた。その後、即席で結果が出るバース性の検査キットを使用した。
だが空のバース性はオメガになっておらずベータのままだったのだ。意外なことに彼女は、アルファである朔夜よりも、大多数のベータの男を怖がった。
それは植仲中学の全校生徒と全教師が周知していること。
そして彼女が触れられても発作を起こさない唯一の例外人物は、オメガである日向だけだった。
「だったら、どうして心ちゃんを先に行かせたの? 女の子である心ちゃんのほうが、役に立てたんじゃない? ぼくが先生を呼びに行ったほうが……」
「心ちゃんは握力もないし、腕立て伏せもできないくらいに腕力もないよね。……いくら空ちゃんが軽くても意識を失っている状態だよ。意識のあるときよりも……背負うのが難しい。……僕のことを心配して心ちゃんが無理に背負ったりして、心ちゃんと空ちゃんのふたりが怪我をするなんてことになったら……それこそ大変だよ」
鍛冶は自分が手伝えないことを痛感し、途方に暮れた。
「じゃあ、ぼく、まるっきりの役立たずじゃないか。何もできないんだ……」
「そんなことないよ。……鍛冶くんの手を借りられたから、空ちゃんを背負うことができたんだ。……ありがとう。すっごく助かった……」
「ひなちゃん……」
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