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第10章 王子様11

「僕なら平気。だから……先に行って。……大丈夫だとは思うけど、このまま時間をオーバーしたら……追加で走らされちゃうよ……」 「つらそうにしてるひなちゃんを放っておけないよ! 空ちゃんを背負うのはやめよう……」 「そういうわけにもいかなそうだから……」 「えっ……」と鍛冶は顔を上げた。一面真っ白な空から粉雪が降ってくる。 「天気予報が外れたね。洋子ちゃんのうちの人たちのほうが正確だったんだ……」  鍛冶は言葉をなくし、天を仰いだまま呆然としながら瞬きを繰り返した。 「そういうわけで鍛冶くん……少しでも早く空ちゃんを保健室に連れ帰りたいから……お願い」 「わ、わかった、よ。――じゃあ気をつけてね」 「うん」  しぶしぶといっと感じで鍛冶は返事をし、後ろ髪を引かれる思いで先を急いだ。  遠くなっていく鍛冶の背中を日向が見つめていると、心が意識を取り戻した。 「……日向くん?」 「うん、そうだよ。目が覚めた?」  空は自分の状況を即座に理解すると、日向に下ろしてほしいと願った。 「日向くん、もういいよ。私のことは放っておいて……」 「……ごめん、乗り心地が悪いよね。……ダメだな……さくちゃんや絹香ちゃんみたいには……うまくいかないや……」 「乗り心地のことじゃなくて! 私、汚いから。ここのところ、お継母さんたちの機嫌も悪くて、お風呂もまともに入らせてもらってないの!」 「気にならないから……大丈夫だよ……」 「私が気になるの、気にするのよ! これ以上、人に嫌われたくないから……!」と空はヒステリックに叫んだ。 「……ぼくは……空ちゃんのことを……嫌ったりしない。()()()()、きみに助けてもらった。……恩を……あだで返すような真似は……絶対にしない……」 「なんのことを言ってるの?」 「空ちゃんは、やさしいよ。……さくちゃんがみんなを悪者から救う正義のヒーローなら……空ちゃんは魔法を使って、みんなの怪我を癒やすヒーラーって感じ……すごく、みんなにやさしい……。悲しんでいる子や……泣いている子の心に寄り添ったり、手を差し伸べることが……できるんだもん」  空は日向の言わんとしていることがわからず、日向の背中の上で狼狽(ろうばい)した。 「きみにとっては当たり前のことかもしれない……けど……僕は、すごく感動した。僕が変われたのは……きみのおかげ……。空ちゃんが……勇気を振りしぼって、行動したの……すごく、かっこよかった。……そのおかげで……僕は命を救われたんだよ」 「だって、それは……」 「心ちゃんが……光輝くんたちのことを怖がりながらも……さくちゃんたちを呼びに行ってくれた。そうじゃなかったら……僕は確実に死んでいた……」  瞬間、空は日向の言葉に眉を寄せ、日向の肩をぎゅっと掴んだ。 「第一汚れてるんだったら……僕の手のほうがずっと汚れているし……汚いよ……」 「えっ……」 「空ちゃんも知っての通り……僕のせいで死んだ人たちがいる。……そのせいで、さくちゃんを苦しめちゃった。……衛くんたちを共犯者にして……心ちゃんと光輝くんが大怪我をして……結局、クラスメートのみんなを巻き込んだ……」  道路にあったひび割れに足を取られ、日向はつまずいてしまう。日向は心が怪我をしないように(かば)い、アスファルトの地面に身体を強く打ちつけた。 「日向くん、大丈夫!?」 「……ごめん……怪我は……」  うめくような声を出して日向が問えば、空は横に頭を振る。 「大丈夫。私なら平気」  高熱で頭が重くなり、ぐらぐらしているが空は自力で起き上がり、日向の上から退いた。身体を強く打ちつけた衝撃のためにアスファルトの地面に突っ伏したままでいる日向の隣で膝をつく。 「私のことなんて放っておけばよかったのよ。先生だってじきに来るし、なのにどうして……」 「だって、熱を出して具合の悪くなっている女の子を、寒空の下で待たせておくなんて真似できないよ。一分一秒でも早く、先生のところへ連れていきたかったんだ。失敗――しちゃったけどね」  力なく笑う日向の顔を見て、空は膝の上に置いた両の手をぎゅっと握りしめた。ひび割れ、皮が向けて赤くなっている唇を強く噛んだ。 「待ってね……今、起き上がるから……」  力を入れて立ち上がろうとするもののじんじんと痛む手足や鈍痛のひどくなった腹部のせいで、日向はうまく起き上がることができず、焦れる。なんとか立ち上がることができても一歩を踏み出すことができない。電信柱に手をつき、無理やり足を踏み出そうとしたところで鋭い痛みが全身を駆け巡り、ガクンと膝をついてしまう。 「いい、もういいよ、日向くん! このまま先生を待とう!」 「……でも、」 「日向くんだって、さっき転んだときに、ひどい怪我をしたんじゃないの!? 無理をしたら、後が大変だよ!」  悔しそうに顔を歪め、日向は地面に膝をつき、へたり込んだ。  空は、ジャージの上着のポケットから絆創膏を取り出して日向の擦りむけて血が出ている手を取り、傷口に貼る。 「本当は水で洗ってからのほうがいいんだけど……応急処置くらいにはなるかなって」 「うん。ありがとう、空ちゃん」

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