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第10章 王子様12
空は目線を日向の肘と膝へやった。紺色のジャージを着ているので血が滲んでいるかどうかがよくわからない。日向の傷を確かめようと心は「ちょっと見せてもらってもいいな?」と断り、日向のジャージの袖をまくる。
「ま、待って!」と日向は大きな声で叫び、空の行動を止めようとしたが――遅かった。
空は日向の腕を目にすると動きを止め、声を震わせた。
「何、これ……」
日向の腕は、あざだらけになり、肌の色が変色していたのだ。
慌てて日向は空の手から逃れるとジャージの袖を下ろし、横を向く。
「ごめん、変なものを見せちゃったね。これは剣道の練習で怪我をしたもので……」
そうやって日向はなんでもないことのように笑ってみせるが、継母から虐待を受けている空はすぐにピンときた。
「嘘をつかないで。それ、おじさんがやったんでしょ? あのときみたいに」
日向は空の言葉に答えず、視線をさまよわせた。
「答えてよ、日向くん」
切羽詰まった調子で空は日向を問い詰める。
とうとう日向は観念し、大きくため息をついて、うなだれた。
「悪いけど、見なかったことにしてくれない。このことはさくちゃんには黙っておいてもらえないかな?」
「なんで? 朔夜くんは日向くんの魂の番で、恋人じゃない。絶対に言うべきよ。第一これ、病院で診てもらったほうがいいんじゃ……」
「お願いだから黙っていてよ……!」
日向は切実な声で空に訴えかけ、両手で顔を覆った。
空は日向の真意が読み取れず、眉を寄せる。
「どうして朔夜くんに伝えないの? ……私には助けを求めても助けてくれる人はいない。お義父さんは仕事で忙しいし、お兄ちゃんもお義母さんになってからは、ぜんぜんやさしくない。お手伝いさんたちだって見て見ぬふりをしてる。いとこの女の子たちが私を本当の家族のように扱ってくれたけど、みんな東京にいて、電話やメール、手紙だってお義母さんの邪魔が入る。ろくに連絡が取れないんだよ!?
でも、日向くんには、魂の番であるアルファがすぐ近くにいる。朔夜くんは、日向くんの絶対的な味方なのよ! どうして味方になってくれる人に、そんな嘘をつけるの!? あなたのことを大切に思ってくれている人を、どうしてそんなふうに扱えるの!」
「僕にだって事情があるんだよ! ベータである心ちゃんにはわからない……さくちゃんに話したくても話せないの!」
「そんなことを言うなら、せめて理由を教えて」
意志の強い瞳をして心は日向に問いかけた。
だが日向は光を恐れる魔物のように、心に見つめられるのを恐れた。
「理由なんてないよ……僕が悪い子だからいけない。オメガとして生まれてきたのが間違いだった。それだけだよ……」
血塗れになり、絆創膏の貼られた拳を握りしめながら日向は苦しそうに、うめいた。
「いとこのお姉さんたちみたいに、お父さんやおばあ様とうまくやっていけない。お父さんや、おばあ様の癇 に障ることばかりして、いつも怒らせているんだ。何ひとつ、お父さんたちの望むことができない」
日向は、聖職者に向かって懺 悔 をする罪人のように、胸の内を吐 露 した。
「それに――僕が傷つくたびに、さくちゃんは無理をするんだ。そうやって僕の行動のひとつ、ひとつが、彼を追いつめていく。いつだって、さくちゃんに悲しい顔や、怒った顔をさせて、悩ませてるんだよ。さくちゃんに負担をかけて、迷惑になることばっかりやってる。そんなの恋人失格だよ」
まるで、この世の終わりがすぐそこに差し迫っているような態度をとる日向に「そうかな? 私は、そうは思わないけど」と空は答える。つとめて冷静な様子で彼女は日向の言葉に反論し、朔夜が日向には伝えていない真実を告げる。
「朔夜くんが王様になったのも、お兄ちゃんたちが悪いことをしないように押さえているのも、日向くんが望むやさしい世界を――居場所を作りたかったからだよ」
「えっ……」
「親戚の人たちと関わって居心地悪い思いをしたり、おうちにお父さんがいるときに居場所がなくなっちゃう日向くんが、せめて学校では過ごしやすいように……笑顔でいられるようにしたかったんだよ」
「そんなこと……さくちゃんから聞いてない」
「言えるわけないよ。言えば、日向くんが止めるってわかってるもの。――この町は閉鎖的だし、古い考えの人が多い。お義父さんたちは、どこまでもオメガに冷たい。オメガだったら好きに差別をしてもいい、奴隷のように扱ってもなんの支障もないと思ってる」
日向は、光輝の父親が自分に向けてくる侮蔑の眼差しや嫌悪感をあらわにした態度、どこかピリついた空気を思い出し、目を伏せた。
「おじさんも一緒だよ。番制度も、オメガもこの世から消えていなくなればいいと考えてる。だから……朔夜くんは、日向くんが安心できる場所を、笑顔でいられる場所を自分で作ろうと思ったんだよ」
「なんで、空ちゃんがそんなことを……?」
「……これはクラスの半数以上の人が知っていること。みんなね、朔夜くんから『日向には言うな』って言われてた。だから今日まで日向くんの耳には入らなかったのよ」
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