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第10章 王子様13

 やんわりとした口調で「変な誤解をしないでね」と空は、狼狽えている様子の日向に向かって声を掛ける。「あなたのことが大切だから余計な気を遣わせたり、負担をかけないために朔夜くんは黙ってた。私たちは、王様(アルファ)である彼の意見を尊重したかったの」 「そう、なんだ……」 「だって、私たちのような子どもの目から見ても、朔夜くんが日向くんのことを真剣に思っているのが伝わるの。子どもとか、大人とか関係なく、誰かを一途に思うことがあるんだ。大好きな人が笑顔でいられるようにしたいと願っている人がいる。本やテレビ、映画の世界だけの話じゃない。それが何よりも、すごくうれしかったの」  日向は穏やかな笑みを浮かべる空の顔を、じっと見つめ続けていた。 「朔夜くんが一番苦しむのは、日向くんが傷つくこと。アルファは魂の番であるオメガに出会ったら、そのオメガを唯一無二の存在とする。オオカミがパートナーである番を一生涯大切にするのと一緒。ほかの人間には目もくれない。アルファは魂の番であるオメガを誰よりも、何よりも大切にする……」  ふらっと空の上体が横に傾いた。  すかさず日向は空の身体を抱きとめる。 「空ちゃん!?」  苦しそうに日向の腕の中で息をする空は、痛々しいアザがある日向の腕にそっと触れた。 「おじさんは日向くんが本当に悪い子じゃなくても……きっと同じことをする。あなたがどんなにいい子でも、何かしらの理由をつけて……手を上げる……」  日向は空の言葉に意表を突かれ、息を呑んだ。 「あなたが傷つくことを朔夜くんも、私たちも……望まない、わ……」  それだけ告げると空は目を閉じ、意識を失ってしまっった。  日向は空の頬を軽く叩いて意識を取り戻させようとする。  しかしながら空は一向に目を開けず、日向の呼びかけにも応じない。 「空ちゃん……ねえ、空ちゃんったら!」 「碓氷、日ノ目!」  顔を上げれば、大林と養護教諭がこちらに向かって走ってくるのが見え、日向は心から安堵した。  マラソン大会の閉会式は無事行われた。  鍛冶と心は制限時間内に完走したものの日向は事情が事情とはいえ、時間内に完走できなかった。そのため、放課後に校庭をひとりで走ることになってしまった。  ただし具合の悪くなった空を助けようとした行為が評価され、本来の周回数の三分の一で済んだ。  朔夜や日向が在籍してる一年生の担任は、式が終わるとすぐに光輝たちの継母に電話を掛けた。  だが家の自宅にある電話も、携帯にもつながらない。留守番サービスに空が体調不良になったことを一言言い残し、光輝の父親である太陽の仕事先へと電話をかけた。 「都内のほうへ出張中ですし、午後からは大切な会議があります。ですから今すぐ空を迎えに行くことはできません」と言って電話を切ったかと思うと連絡がとれなくなってしまったのだ。  担任が光輝に事情を話すと光輝は「お手伝いさんだったら……もしかしたら、空のことを迎えに来てくれるかもしれません」とつぶやいた。  そうして空は、日ノ目家のハウスキーパーが来るまで保健室のベッドで眠っていたのだった。

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