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第11章 無力2

「ちょっと、さくちゃん! どこに行くの?」 「いいから来いよ」  そうして朔夜は引きずるようにして日向を体育館の中へ連れ込んだ。薄暗い体育館倉庫の中へ入り、壁の電気スイッチをつける。そこでようやく日向の手を離す。  蛍光灯の明かりがチカチカと点滅してからついた。  日向はムッとした顔のまま朔夜の背中をじっと見つめていた。 「それで話って何?」  苛立ちを隠そうともせずに日向が訊く。  朔夜は日向の真ん前に立つと黒い学ランのフックを外し、そのまま第一ボタンに手をかける。  困惑した表情で日向は朔夜の手を掴み、待ったをかけた。 「何……? 何をするつもり?」  朔夜は日向の目を見据えたまま彼の手をどけ、凄みをきかせた声を出す。 「――脱げよ。今すぐ全部、服を脱げ」  そう言うなり、手早く学ランのボタンを外していく。 「やだ!? やめてよ、さくちゃん……!」 「うるせえ、黙ってろ」  有無を言わさずに朔夜は日向の学ランを脱がし、紺色のセーターの下に着ているワイシャツに手をかける。 「さくちゃん、どうしちゃったの!? ねえ……!」  日向は抵抗し、朔夜の腕から逃れようとする。  だが、朔夜は日向の両手首を利き手でない左手だけで、たやすく一纏めにして彼の頭上まで持っていく。 「暴れるんじゃねえよ。少しは、おとなしくしてろ」  そうして朔夜は日向のワイシャツをスラックスのズボンから出し、セーターごとワイシャツを胸元までたくし上げる。 「やだ、やめて……! あっ――……」  朔夜は日向の肌を目にして動きを止めた。  日向は目をつぶり、顔を横に背ける。歯がゆそうに唇を噛んだ。  これでもかと目を大きく見開いた朔夜は日向の身体を凝視した。  象牙色の滑らかな肌はところどころ変色して、青、緑、紫、黄色になっていたのである。日向の上半身には無数のアザがあった。 「なんで俺に黙ってた? こんなにひどい怪我をしてたのに、どうして走ったりしたんだよ? なあ……答えろ」  怒りをにじませた声で朔夜は日向に問いかけた。  だが、日向は顔をうつむかせるばかりで、朔夜の言葉に返事をしない。  朔夜は、日向の手首を拘束するのをやめ、服の裾を掴んでいた手も離した。両の拳を握りしめながら、横に顔を向けている日向に胸の内を吐露する。 「無理をするなって言っただろ。なのに空を背負って学校まで運ぼうとした。こんな怪我をしている状態で、なんでもないみたいな顔をして……どうして無茶ばっかりするんだよ?」  ゆるりと日向は顔を上げ、朔夜のほうへ顔を向ける。そして、おひさまのような笑みを浮かべた。 「これくらい大丈夫だよ。ちゃんと痛み止めを飲んできたんだ。薬も、ちゃんと効いてる。だから空ちゃんを運ぶことができた。身体だって普通に動くし――」 「そういうことを言ってんじゃねえよ!」  朔夜は怒鳴ると両手を動かし、日向の両肩に手を置く。 「やっぱり嘘をついてたんじゃねえか! おまえだって空のことを、どうこう言える状態じゃねえのに……人の心配より自分の心配をしろよ! どうして大会に参加した? なんで空のことを助けようとしたんだ!?」 「やだな、さくちゃんってば。僕は嘘なんかついてないよ。見た目はひどいけど、そこまで痛くないんだ。それに僕はオメガといっても男だよ。目の前で困っている女の子がいたら助けるのは当たり前――」 「俺が嘘を見抜けるってわかってて、そんなことを言ってるのか? 息をするみたいに平然と嘘ついてんじゃねえよ」  意表を突かれた日向は身体を揺らし、笑顔のまま固まった。 「こんなにひどい怪我をして、しんどくねえだと? んな訳がねえだろ! どれだけ薬を飲んだ? まさか——規定以上の量を飲んだのかよ!?」 「それは……!」  すぐに朔夜の言葉に反論をしようとしたが、日向は言葉が見つからずに口ごもった。 「薬も過剰に接種すれば毒になるんだぞ!? おばさんや俺にアザのことを知られたくない、ほかのやつらにも臭いで勘づかれないように湿布を貼るのも我慢して、消炎鎮痛剤も塗らないようにしたんだろ。違うか?」  日向は口をぎゅっと閉ざし、眉間に深いしわを刻んだ。 「放課後の補習はやめろ。大林先生には、また後日にしてもらうよう頼め。先生なら事情をわかってくれる。だから――」 「ううん、出るよ」 「はあ?」  怪訝な顔つきをして朔夜は訊き返した。 「空ちゃんを背負ったからって時間内にゴールできなかったのは僕の責任だ。こんな怪我、理由にならないよ」 「何言ってるんだよ、おまえ……」 「せっかく先生が厚意で周回数を三分の一にしてくれたんだ。だから今日、走る」 「バカ言ってんじゃねえ! もっと自分の身体を大切にしろ。どうせ全身アザだらけなんだろ? 今はよくても、後で後遺症が出たらどうする!?」 「そんなこと、さくちゃんにいちいち指図されたくないな」  日向は朔夜の胸に拳を当て、困惑している朔夜のことを睨みつける。 「昔だったら、ドジでおっちょこちょいな日向でやり過ごせたんだよ? 獣道でこけたとか、階段から落ちたって言い訳ができた。でも、今、この状態を先生たちに知られたら、公務員であるお父さんの立場がないんだよ」 「当然だろ。おじさんがおまえにやってることは、しつけの領域を超えてる。ただの暴力だ。虐待以外の何物でもない」

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