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第11章 無力7
弁明するために朔夜が振り返ろうとすれば、日向が背中に抱きつく。腰に細い両腕が回る。
瞬間、ズクンと朔夜の中のアルファのオスの欲望が、もたげ始める。慌てて朔夜は日向を引き離そうとするが、日向はくっつき虫になったみたいにピッタリと朔夜にしがみついて離れない。離れようとしない。
「日向! バカ、何してんだよ!?」
「ねえ、今すぐここで――僕のことを抱いてよ」
朔夜は自分の腰に巻きついている日向の手を解くのをやめ、制止する。
「僕、未成熟のオメガでまだ発情期も来てないから、さくちゃんの番にはなれない。でも、さくちゃんの恋人で彼氏なんだよ。だから、さくちゃんに抱かれたい。今すぐここで、僕をさくちゃんのものにして」
「何を言って……冗談はよせよ。好喜の言葉をマジでとるなって!」
「冗談なんかじゃない。本気だよ」
日向は、より密着するように朔夜の身体に巻きつけた腕に力をこめる。焦燥感が滲みでた声で懇願する。
「好喜くんの言葉を真に受けて、やってるんじゃない。初めての発情期がいつ来るのか、未成熟のオメガにはわからない。だから――好きでもないアルファに犯されたり、番にされる事故が多いんだ。僕はそんなのやだ。さくちゃんじゃない人に抱かれて無理やり番にされたくない……!
さくちゃんがいい。きみじゃなきゃ、やだよ……名前も知らないアルファに身体を好き勝手されて、抱かれるなんて、そんな怖いことをしたくない……されたくない。さくちゃん以外のアルファのものになって、きみと二度と会えなくなる。そんなの……堪えられないよ……」
「日向……」
「初めては、さくちゃんがいい。知らない人に処女を奪われるくらいなら、いっそ、さくちゃんの練 習 台 になりたい。エッチをしているときに発情期が来れば、そのままさくちゃんの番になれる! ねっ、そうでしょ?」
「おい、ちょっと待てよ。練習台って――」
聞き捨てならない単語が日向の口から飛び出したことに朔夜は困惑する。日向の手を解き、お互い対面する形にする。
しかし日向は今にも死んでしまいそうな様子で朔夜にふたたび問いかけた。
「抱いて、くれないの……?」
朔夜が答えを出せないままでいれば、日向は瞳を揺らし、朔夜の胸板に手をつき、距離をとろうとする。
「僕、また、間違えちゃったんだね。いつも間違えてばかりだ……ごめんね、いやな思いをさせて」
日向の黒曜石のような瞳に涙は浮かんでこない。
それでも日向が泣いているような気がして、朔夜の胸に痛みが走る。反射的に日向の体を力いっぱいに抱きしめた。
「違う、そうじゃねえよ……! そういうことじゃねえ!」
「『違う』って、どういうこと? さくちゃんの言ってる意味が、よくわからないよ」
「だから――俺は、おまえを抱きたくないわけじゃねえし、いやがってる訳でもねえ。でも、『今、ここでおまえのことを抱いて、俺の気持ちが本気だって伝えればいいのか』って言ったのは、おまえのの言葉に腹が立ったからだ。意地悪が口を突いて出ただけ! 今すぐ、本当にそういうことをしてえ訳じゃねえ」
「今すぐしたい訳じゃない?」
幼い子どもが母親の発した言葉をそのまま繰り返すように、日向は朔夜の言葉を口の中で転がした。
「そうだ」と朔夜は強い口調で肯定すると日向の身体を離した。「おまえとはいずれ番になるし、結婚もする。俺だってなあ……おまえと大人になったら、そ う い う こ と をしたいよ。仕事が休みの日は一晩中、おまえを腕に抱いて、何もかも忘れて、ただの朔夜として、ひとりの男としていたい。けど、それは今じゃねえ……」
ダラダラと汗をかき、熟れたりんごのように顔を赤くした朔夜が、気恥ずかしそうに答える。
「とにかく下着を着ろよ。目のやり場に困る!」
そうして朔夜は大声で叫びながら目をつぶった。
「わかったよ」と朔夜の言葉を聞き分けた日向は、青色のボクサーパンツへと足を通す。「穿いたよ、さくちゃん」
まだ上半身裸なところが気になるもののアザができているから、しょうがないと自らに言い聞かせながら朔夜は床に落とした湿布を拾い上げる。
「おまえの意思を無視して無理やり抱いたりする訳ねえだろ。たとえ今ここでおまえが発情しても、俺は抑制剤を迷わず飲むし、おまえにも飲ませるっつーの」
ブツクサと文句を言いながら朔夜は湿布のフィルムを剥がした。
「どうして?」
「あのなあ!」と朔夜は顔色を忙しなく青くしたり、赤くしたりして日向の頭を小突く。「全身、アザだらけのやつを抱けるか! これ以上、身体の具合を悪くして熱でも出たら、どうするんだよ!?」
「でもセックスって、激しいのだけじゃないでしょ。えっと……スローセックスとか?」
フィルムを剥がし、湿布を日向の二の腕に貼っている朔夜は頬を赤く染め、げんなりした顔をする。
「それは初心者にできる芸当じゃねえだろ」
「初心者……」
「そうだ。アルファでも俺は〈王様〉の器じゃねえんだよ。この町だからやっていけるだけ。容姿が、すっげえ整ってるわけでもなければ、頭脳明晰でスポーツ万能ってわけじゃねえからな」
「そう、かな?」
自虐し、苦笑する朔夜の顔を日向は食い入るように見つめた。
「女子から〈王子様〉ってチヤホヤされて、男子からも『きれいな顔をしてる』って言われてるおまえと釣り合わねえんじゃねえかって、心配になるときがあるくらいだ」
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