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第12章 淫夢1

「さくちゃん……」  日向の唇が頬や額に触れる。朔夜は、くすぐったくて肩を揺らしながら笑った。  朔夜も朔夜で、お返しをするように日向の額や耳、指先へとキスをしていく。  ふと、いつも以上にバニラの匂いが日向から強く香ることに、朔夜は気づいた。まるで日向と公園で出会ったとき――いや、そのときよりも、はっきりと香りを認識できた。  力強く心臓が脈打ち、全身が燃えるように熱くなっていく。朔夜がふと目線を上げると日向の身体が横に傾く。 「日向!?」  即座に朔夜は日向の体を抱きとめる。日向の身体は長時間日光にさらされたり、風邪を引いて高熱を出しているかのように熱くなっていた。  痛み止めの薬の効果が切れたのか、はたまた全身アザだらけの状態で走り、空を背負ったことによって急激に具合が悪くなったのかと朔夜は気が動転する。 「おい、どうした!? どこか痛むのか?」  だが日向は苦悶の表情を浮かべていなかった。  黒曜石の瞳は熱を孕み、潤んでいた。眉は切なそうに寄せられ、悩ましげに熱い吐息を吐く。  その姿は、父親の耕助が持っていた世界的に有名な映画のラブシーンを熱演した女優の姿を連想させた。 「さくちゃん……どうしよう……身体……熱い。……お腹の奥がキューってする。……お願い……触って……」  日向の頬や唇が赤く色づいている。乳首も同じ色になり、つんと尖り始めていた。  何かを、すり合わせるような音がしたほうへ朔夜は目を向けた。  日向が内股をすり合わせていたのだ。下着は、かすかに盛り上がり、濡れている。  オメガの発情期が日向に来たことを朔夜は察した。 「抑制剤を……」  薬箱の中から緊急用の抑制剤が入った薬瓶を取り出す朔夜の手は震えていた。瓶の蓋を開け、規定量の錠剤を日向へ渡し、自身もアルファ用の抑制剤を手にする。  どこか虚ろな目をした日向が朔夜の手首を掴んだ。  朔夜は驚きのあまり、薬瓶と錠剤を床へ落としてしまった。  そのまま日向は朔夜の小刻みに震える手を自分の胸元の中央へと押しつける。  ドクンドクンと日向の心臓がうるさいくらいに音を立てているのが朔夜にも伝わってきた。 「やだ……我慢できない……薬なんていらない……今すぐさくちゃんが欲しいよ……」  思いきり力を出せば、フラフラになっている日向の手を振り払える。  だが朔夜は日向の手を振りほどけなかった。日向のこ身体を抱きしめ、口づけたいと気持ちになっていたからだ。  朔夜も、日向もマラソンをしていないのに全身から発汗し、息が上がっていった。  目線を泳がしながら朔夜は返事をする。 「ダメだ……。俺は怪我してるやつは抱かない……」 「傷? ……傷なんて、ないよ……」 「そんなはずが」 「あるわけない」と続くはずだった言葉が口の中で消えていく。  目の前には傷ひとつない状態の日向の裸があった。象牙色の肌が、うっすらと桃色に染まっている。 「痛いところは、もうどこもないよ。……さくちゃんは僕に触れたいって思わないの……? 僕が嫌い?」 「そんなわけない! けど、俺たちはガキで、ここは中学校の体育館の中だ……だから、」  スローモーションで目を閉じた日向の顔が近づいてくる。長いまつ毛が震え、目の下に影ができている。  マシュマロのように柔らかな唇が、自分の唇に一瞬だけ触れたのを朔夜は感じた。  そうして日向の顔が遠ざかり、ふたたび黒曜石のように輝く瞳が開かれる。 「僕のことを好きだと思うなら……いっぱいキスして。……僕のことを抱きしめて……今すぐ、さくちゃんだけのオメガに――番にして……」 「バカなことを言ってないで、さっさと戻るぞ!」とふたりで外に出なくてはいけない。  だが朔夜の身体は、朔夜の意思を無視した。魂の番であるオメガをほかのアルファやベータに渡してはならない。ここで自分のものにしなければ、ほかの人間のものになってしまう、奪われるとアルファの本能が告げる。  朔夜は日向の熱い両頬を手で包みこんだ。  日向は涙で潤んだ黒曜石のような瞳で朔夜の灰色の瞳を見つめ、朔夜の背に手を回す。  ふたりは、ついばむようにして唇を何度も重ね合わせた。息苦しくなると額を合わせ、鼻先を擦り合わせた。 「日向……」 「……さくちゃん……お願い。僕を……さくちゃんの……さくちゃんだけの(オメガ)にして……」  甘いバニラのような香りに理性が溶けていく。溶かされていく。  数分前に「性行為をするのは大人になってからだ。口の中に手を突っ込むことになっても日向に抑制剤を飲まなくてはいけない」と思っていたのが嘘のように、朔夜は日向と番になるための行動を取り始めた。  学ランと中に着ていたセーターをマットの上に敷き、ワイシャツを乱暴に脱ぎ捨てる。  発情期による急な発熱や筋肉の痙攣のせいか、はたまた冬の凍てつくような寒さのせいか、それともこれから行う番の契約を成立させる儀式に怯えているのか――ガタガタと身体を震わせている日向の体を、洋服を敷いたマットの上へ慎重に横たわらせる。  涙をポロポロとこぼしている姿に胸が締めつけられた朔夜は日向の涙を指先で拭ってやる。濡羽色の髪を手ですいた。声のトーンを落とし、囁くように話しかける。 「日向、本当に俺でいいのか……?」 「うん、さくちゃんがいいの……」 「だけど後で後悔するかも……」 「しない! さくちゃんじゃなきゃ、やだ……さくちゃんがいい……大好きな人と以外シたくないよ……」 「日向……!」  喜びやうれしさで胸がいっぱいになった朔夜は、かぶりつくようにして日向の唇へと口づけた。

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