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第12章 陽炎5
繰り返し、【日向を愛しているのか?】と質問を投げかけられた朔夜は、謎の声の主に対して苛立ちをあらわにする。
「当たり前だろ、俺たちは魂の番なんだから」
無人の観客席に向かって朔夜は答えた。
するとノイズがかった声が示唆する。
【おまえは、あの公園で初めて自分と同年代のオメガを目にした。だが、おまえがオメガになったのは俺の影響だ】
「……何を言ってる?」
【おまえは俺に似ている。だから新しい宿主として選んだ。そうして俺は日向に会ったとき、この復讐劇を思いついた。だからおまえのバース性は、もとのアルファになっただけ。それを幼いおまえは自分をアルファに変えてくれたオメガだと、魂の番だと勘違いしたんだ】
「ふざけんな、日向は俺の魂の番だ! じゃなきゃ誰のオメガだって言うんだよ!?」
【ならば問おう。なぜ、おまえが項を噛んでも日向は番にならなかった? おまえが、その歳になっても日向のアルファになれないでいる理由はなんだ? どうして日向にはベータの男の婚約者がいる?】
「それは、おまえが俺と日向を引き裂こうとして邪魔をしたからだろ!」
【ああ、確かに俺はそうだ。だが、おまえは勘違いをしている。自分がこれ以傷ついて心が壊れないようにするため、都合のいいように記憶を改変して大切なことを忘れている】
なんのことだろうと朔夜は思い、眉を寄せた。俺が何かを忘れている……?
【鏡の中に映っているのは本当におまえか? 俺か? それとも――】
朔夜の前に年季のある鏡が置かれる。錆びつき、鏡面がひび割れ、華美な装飾がされた鏡だ。
「なんで、ばあちゃんの鏡がここに……」と戸惑いの声をあげた朔夜は鏡の前に立つ。
鏡面には喪服を身に纏った朔夜ではなく病室に眠る朔 夜 の姿が映った。
その姿を目にした彼は驚きの表情のまま顔色を悪くする。
【おまえはただ、ままごとをしていただけなんだよ。叢雲の本家で迫害され、父親や兄から距離を置かれた。幼稚園に通っていてもいじめを受けていて透明人間になりかけていたおまえは自分がアルファとなり、魂の番であるオメガとの運命的な出会いに救いを求めたのだ。たまたまタイミングよくオメガである日向が現れ、その容姿やフェロモンに魅了された。おまえは自らが王子となり、王女との幸せで甘い恋物語を夢見たんだ。自分に都合のいい妄想をしただけなんだよ。恋に恋をしてたんだ】
「……嘘だ」
【すべては、まやかしだった。日向は、おまえの魂の番ではないし、番契約を結べない役立たずのオメガだ。そんな人間を命懸けで守る必要はない】
焦燥感に駆られた朔夜はマイクもなしに「黙れ、いい加減なことを言うな!」と誰に言うでもなく叫んだ。「俺たちは、お互いを信頼し合ってる。幼稚園のときに約束をしたんだ。相棒のような関係になって強くなるって。それで小学校六年生のときから日向とつきあい始めた。それは魂の番であることが理由だけじゃない。お互いのことを好きになって愛したからだ!」
朔夜は両の手の拳を小刻みに震わせていた。
急にひどい吐き気を感じ、胃液が喉までせり上がってくる。彼は口元を押さえた。ひどい二日酔いになったときのように頭が鈍い痛みを感じ、雲の上を歩いているかのように平衡感覚を失う。
とうとう床に膝をついてしまった。
頭痛を感じれば感じるほど、朔夜の脳に今まで蓄積されてきた二十八年分の記録が――映像や写真が黒く塗りつぶされていく。真っ黒に染まったものは闇の中へ飲み込まれ、消えてしまう。
自分が自分でなくなってしまうような恐怖に襲われた、朔夜は頭を抱えてうめき声をあげた。
「やめろ……やめてくれ……! これ以上、俺の中に入ってくるな!」
瞬間、舞台は真っ暗になって朔夜の姿はどこかへ消えてしまった。
パッと青いスポットライトが舞台の中央を明るく照らす。
そこには白い肌襦袢あるいは死に装束を身に纏った陽炎が立っていた。
「かわいそうな人。自分が何者かもわからなくなり、【あの人】との立場をすり替えられるなんて」と彼は他人事のように、つぶやいた。
そうして彼は舞台の袖へと捌 ける。
スポットライトの明かりが消え、舞台はまた闇に包まれたのだった。
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