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第14章 アンノウン2

 正面玄関には息があがり、ヘロヘロ状態となった鍛冶がいた。彼は涙目のまま「どうしよう……」と情けない声を出し、下駄箱の前にいる朔夜に泣きついた。 「鍛冶、何があったんだよ!?」 「と、鳥小屋の鶏や池の鯉たちに朝ごはんをあげてたんだよ。そしたら焼却炉のほうで言い争う声がして……光輝くんが虹橋さんの両腕を掴んで怒鳴ってた。ひなちゃんが間に入ったんだけど光輝くんがひなちゃんを殴って……」  朔夜は下履きを下駄箱に入れるのも忘れ、急いで白いスニーカーに履き替えるなり外へ飛び出した。  焼却炉のほうへ回るが人影はない。 「あいつら、どこへ行ったんだ?」 「あれ、さあちゃん。そんなところで何してるのー?」  美術室へ移動している一学年下の子どもたちが朔夜へ話しかける。 「日向や光輝を見なかったか?」 「えっ……おまえら、見た?」 「見てないぜ」 「あたしもー」 「また、こうちゃんが何か悪いことしたの?」 「まあ、そんなところだ」  朔夜は、はやる気持ちを抑えながら答えた。 「光輝のやつ、また勝手に外へ出てなきゃいいんだけど……」 「みんな、どうしたの?」  後からやってきた二年生の学級委員長が朔夜たちの姿を見て目を丸くする。 「ねえ、委員長。こうちゃんたちの姿、見なかった? さあちゃん、ひなちゃんのことを探してるみたい」 「見たよ。教室の戸締まりをしてるとき、窓からひなちゃんの姿が見えた」 「どこだ! 日向は、どこへ行った!?」  前のめりになって朔夜が尋ねれる。 「体育館のほう」  委員長は白くて四角い建物を指差した。 「悪い、サンキュ!」  それだけ言うと朔夜は体育館のほうに向かって駆けていく。    *  日向は、どこか憂鬱な気分でバスから降りた。  鉄でできた(かせ)と鉄球がついているかのように足が重い。まるで陸に上がり、初めて人間の足で歩く人魚姫のようにおぼつかない足どりで、裏門から学校へと入る。  さくちゃんの顔を見たら、きっと甘えたくなっちゃう。お父さんが帰ってくるって打ち明けて、何も気づいてないお母さんへの不満を話したくなる。そうしたら、さくちゃんは僕の心配ばかりして何もできなくなっちゃう。  魂の番だし、恋人ではあるけど、さくちゃんの重荷にはなりたくないのに……。  スクールカバンの持ち手を握りしめながらアスファルトの地面へと目線をやった。 「おじいちゃんたちの家に泊めてもらえば、少しはマシかな?」と日向はひとりごとを口にする。  母方の祖父母は日向が、雪緒から愛されていないことに気づいていて、孫のことを心配していた。  だが雪緒は日向が(てん)(どう)の家と関わることをよしとはせず、日向が祖父母や親戚と関わった後はひどい(せっ)(かん)をする。その後には番であり、妻である明日香をなじるのだ。  胸の中のモヤモヤを吐き出すように日向は息を吐き出した。 「いい加減にやめていただけます!?」 「! 今の声……」  菖蒲の声がした焼却炉のほうへと足を向ける。 「ほんっとーに、しつこいですね! そんなにわたしのことが木に食わないんですか?」  光輝に怒鳴り散らす菖蒲の姿が、日向の目に飛び込んだ。  光輝は、校舎の壁――菖蒲の頭の両横――に手をつけ、必死の形相で彼女を見つめていた。 「違う! ぼくは本気できみのことが好きなんだよ! ぼくのどこが気に食わない?」  相談室の近くにあるごみ置き場のところへ日向は移動し、物陰に隠れてふたりの様子をうかがう。 「全部ですよ、全部!」 「全部って……」  まさか菖蒲にそこまで拒絶されるとは思っていなかった光輝はあからさまに狼狽する。 「上履きの中に画鋲を敷きつめたり、人の机の中にAVやコンドームを入れることのどこがアプローチなんです? ただの嫌がらせ、いじめですよね! そんなこともわからないと言うんですか!?」 「だから、ぼくはやってないって言ってるだろ! あれは周りの連中が勝手にやったことで……」 「まったく自分の意見が通らないと、すぐに言い訳するんですね。見苦しい」 「そんな言い方はないだろう!?」と光輝は眉を下げて嘆いた。  しかし菖蒲は、ツンとした態度で光輝を拒絶する。 「あなたのお友だちがやったことだと言うのなら、どうして止めないんですか? わたしのことを嘘でも好きだと言うのなら、止めるフリくらいできるでしょ」  眉をつり上げ、強気な姿勢を崩さない。そんな菖蒲に光輝は何も言い返せずにいた。 「空ちゃんのことだって、わたしは許したつもりはありませんよ。血はつながっていなくても、あの子は、あなたの妹。あなたはお兄さんなのに、空ちゃんが(まま)(はは)から虐待されても、何もしないんですね」  顔面蒼白状態の光輝は身体をブルブル震わせ、「だから……!」と言いかけた。しかし何かを堪えるような表情をして口をつぐんだ。  そんな光輝に対して菖蒲はニッコリと笑みを浮かべる。 「あなたはいつもそう。口だけ達者で度胸がない。ここぞというときに男気を見せることができない、弱い人なんですよ」 「っ……!」 「わたしは、()()()た:(・)()がわたしや姉さんにしたことを今も忘れていません。姉さんの姿を見る限り、この先、十年、二十年経とうとも、あのできごとを忘れることは永遠にないでしょう」 「ぼくは何もやってない! 勘違いしないでくれよ!」

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