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第14章 アンノウン3

「そうです。何もしないで傍観してた。だから、あなたのことが嫌いだし、責めてるんです。自分の保身のために見て見ぬフリをした。その場にいて、()()()()()を止めることだってできたのに、わたしや姉さんを助けてくれなかった」 「だから、それは……」 「挙句の果てに姉さんが血を流す姿を見たら、怖気づいて逃げたのをお忘れですか? 臆病者のあなたが、この町では傍若無人に振る舞っているなんて、チャンチャラおかしくて笑っちゃいます!  ……失ったものは二度ともとには戻りません。当たり前にあった幸せな日々を人から奪われたら、どれだけ苦しく、悲しい思いをするか……あなたには一生、いえ……たとえ地獄に落ちても理解できないでしょう」  光輝は唇をギュッと強く噛みしめ、うなだれた。  そんな彼に追い打ちをかけるように菖蒲は怪しく微笑んだ。 「ああっ、これは失礼しました!」  どこか演技じみたオーバーリアクションを取り、口元に手をやる。 「あなたの頭には(うじ)が湧いていてアルファ以外の人間は生きる価値がない、死んでも構わないと思っている。だから取るに足らない人間のことをいちいち覚えているわけがありません。三歩歩けば、すぐに忘れる鳥頭だと失念していました」  語尾にハートがついているような、かわいらしい声で菖蒲は「ごめんなさい」と謝る。  それは心からの謝罪ではなく、光輝をはなからバカにし、侮辱する行為だった。  日向は、菖蒲が人にひどい言葉をかける姿を一度だって目にしたことがなかった。いつも明るくハキハキとしていて元気な彼女の隠れた一面を目にして、ひどく戸惑う。同時にプライドが高く(かん)(しゃく)持ちの光輝が、ここまでコケにされているのにもかかわらず、怒り狂わないでいることに驚きを隠せないでいた。 「……ぼくは止めたんだ。だけどみんなは……アルファである父様をすごいと思っても、ベータであるぼくの言葉を一向に聞こうともしない。だから、あの人たちは、きみやきみのお姉さんを傷つけることをした!  今回の件だって同じだよ。周りの連中は『虹橋は女のくせに生意気だ』『都会から来たって田舎者であるおれたちのことをバカにしてる』『ビッチだから制裁して、この町の掟を教えてやるんだ』の一点張り。ぼくにどうしろっていうんだよ!?」 「えー、それくらい自分で考えたらどうですか?」  菖蒲は光輝に意地の悪い言葉を投げつけ、興味なさげな様子で髪の先をいじり始める。 「虹橋さん!」 「わたしの名前を口にしないでください。ただ東京から来たあと腐れのない女とヤりたいだけなんでしょ? 自分で言うのもなんですが、わたし、読者モデルをやるくらいには顔も、プロポーションも悪くはありません。でも――頭の弱い尻軽だとバカにしないで」  そうして菖蒲は両手で光輝の胸元を思いきり押した。よろめいた光輝を眼光鋭く睨みつける。  好意を寄せた女子から拒絶されている――現実を突きつけられた光輝は、とっさに彼女の二の腕を力一杯に掴んだ。  黄色い悲鳴を菖蒲があげる。 「何をするんですか! 離してください……!」  どこか余裕のない表情をした光輝が菖蒲に詰め寄った。 「違う! ぼくは本当にきみのことが――」 「いや、やめて! 離して……!」  これ以上傍観しているわけにはいかない、と日向は飛び出した。光輝の手首を掴みあげ、菖蒲の腕から離させる。 「そこまでだよ、光輝くん」 「日向、おまえ……」  光輝は、自分の親を殺したかたきを見るような目つきをして、日向のことを睨んだ。 「菖蒲ちゃんが嫌がってるってわからないの?」 「なんだよ。いやよいやよも好きのうちって言葉があるだろ? 外野は引っ込んでろ!」 「そうだね、そういう子もいると思う。だけど、大半の女の子は乱暴に扱われるのを喜んだりしない。そんなことをされたら男のことを嫌いになるよ」  光輝はブンと腕を振り、日向の手の拘束から逃れると日向のことを指差し、がなり立てた。 「なんだよ、王様に負けたオメガ風情が偉そうな態度をとるな!」 「僕はべつに偉ぶってなんかいないよ」 「うるさい、口答えするな! ベータにも劣るオメガがアルファの父を持つぼくに意見するな! 竹刀も、木刀も手にしていないおまえなんか、ぼくの相手じゃない。ボコボコにしてやる!」  そうして光輝は拳を握り、日向に殴りかかった。  しかし日向は身体を横にやって光輝の攻撃を難なくかわす。  何度も光輝は日向に殴りかかろうとするが、日向は光輝の拳や、蹴りを受けないよう素早くよけていく。  そんな日向に対して光輝は顔を赤くして、かっかした。 「逃げるなんて卑怯だぞ! 一発ぐらい腹パンさせろよ!」  悔しげに歯噛みして地団駄を踏んでいる光輝の姿は、おもちゃを買ってもらえない駄々っ子そのもので日向は呆れてしまう。 「光輝くんって、むちゃくちゃなこと言うよね。そんなのさせるわけないでしょ」 「黙れ! 朔夜や絹香みたいなアルファがいなければ何もできないくせに! アルファがいなければ生きていけないオメガと一緒にするな……!」  珍しく日向は不愉快そうな顔をして柳眉をピクリと動かす。  次の瞬間、光輝の拳が日向の頬に、めり込んだ。

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