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第14章 アンノウン5

「い、言いがかりじゃない! ちゃんと証拠が……」 「証拠? 証拠なら、もう警察が見つけた。だから、あの人が犯人だとわかって無期懲役になった。何年も前の終わった話を持ち出すなんて、しつこいよ。光輝くん」 「違う! アルファの一族である叢雲の力が使われたから朔夜は罪に問われなかった……叢雲の本家が警察の上層部のやつらに働きかけたんだ! 田舎町で起きた事件だから公安も動かないし、警察も都合の悪い証拠を全部、もみ消したに決まってる」  スクールカバンを濃い灰色の地面へ投げ捨てた日向は、大股でズカズカと光輝のもとへ自ら歩み寄り、彼の胸ぐらを両手で掴んだ。 「ぼくのことなら好きに言えばいい。でも、さくちゃんのことを悪く言うのは許さないよ」  日向の瞳孔は、死人でもないのに、完全に開ききっていた。  意地悪をすれば、すぐに泣き、虫も殺せないような弱くて、なよなよした男。いつも「さくちゃん、さくちゃん」と甘ったるい声で朔夜(アルファ)を呼んでいる気持ちの悪いオメガ。  それが光輝の中の日向だった。  だから――ただならぬ様子で目を見開き、自分を殴り返さんばかりの勢いである日向の姿に、光輝は自分の目を疑い、息を呑む。 「彼は王様なんだ。きみみたいなやつじゃ足元にも及ばないような、すごい人なんだよ。人を虫けらのように扱う意地の悪い連中から、みんなを守ってくれる、やさしいアルファ。僕の大切な人だ。彼を侮辱するなら、きみを殴って、その口を無理やり閉じてやる」 「やれるもんならやってみろ!」  光輝は、こんなオメガを恐れるなんてどうかしてると自分を鼓舞しながら、日向を挑発した。 「おまえがぼくに勝てるわけがない。ハッタリなんかかけるな。また、あいつらをけしかけて、いじめてやる……」  無言のまま日向は右手を振り上げ、光輝の右頬を殴りつけた。  白目を剥いた光輝の口から唾が飛ぶ。日向より身長は高いものの紙のようにペラペラと薄い体が、アスファルトの地面に叩きつけられる。 「な、何を……父様にだって殴られたことはないのに……」  涙目になり、殴られた頬を押さえて光輝は地面を這いつくばる。  そんな彼のもとへ、ゆっくりとした足取りで近づきながら、もう一発と日向は拳を作った。 「ひ、ひいいいっ!」  足をもつれさせながら光輝は立ち上がり、走り出した。  その後を日向が追いかけていく。  玄関に靴がない。光輝は靴を持って、体育館シューズに履き替えず、靴下のまま体育館へと逃げ込んだ。  どこにいるのだろう? 日向は体育館の男子用トイレの個室を覗き込み、次いで備品倉庫の扉を開け放った。  だが光輝の姿は見当たらない。  赤ワインのような(どん)(ちょう)が目を引く舞台へと目線をやる。年季もののグランドピアノが置かれた舞台へ上がり、二階に続く階段を上った。狭い通路のようなキャットウォークを歩き回り、上から光輝をさがした。  鈍い金属製の扉を開ける音がすると光輝が体育館を急いで出ていく姿が、深淵の闇のような真っ黒な瞳に映る。 「そっか、舞台の地下に隠れてたんだ」  ひとりごとを口にした日向は階段を下り、舞台の上へ立つ。 「……なぜですか?」  日向のスクールカバンを手に持った菖蒲が体育館へやってきて問いかける。彼女は日向が置いていった紺色のスクールカバンを体育館の床に置き、日向のもとへと静かに歩いていった。 「なぜ、わたしなんかを助けたりしたんですか?」  いつものように目に光を宿した日向が困惑顔で答える。 「なぜって友だちだからだよ。それに、光輝くんのことで困っていそうだったから見てられなくて」 「納得しました」と菖蒲は後ろ手に手を組む。「強いんですね、日向くん。『オメガの男は、ベータの女よりも弱い』、保健体育の教科書に載っている文言が、なぜかあなたには当てはまらない。細身で顔も女の子のお人形さんみたいだから、もっとひ弱でアルファに守られるお姫様のような人かと思っていました。その可愛らしい見た目にまんまと騙されましたよ」  眉をつり上げ、意味深な笑い方をずる菖蒲が舞台へ続く横階段を上っていく。先ほど光輝に見せた獲物を狩る女豹のような目つきをした彼女が日向へと狙いを定める。 「空ちゃんやほかの女の子たちが、あなたのことを“王子様”と呼んで褒めそやしている理由がわかって、とってもうれしいです」 「えっと……それって褒めてない、よね……?」 「いいえ、滅相もないです。わたしは、あなたのことを褒めてますよ」  目が据わっている状態の菖蒲は、日向をの回りを円を描くように、ゆっくり歩いた。 「強きをくじき弱きを助ける。悪者をやっつける姿は、テレビの中や漫画に出てくる正義感の強いヒーローに勝るとも劣らず。歩く姿は、まさしく童話の中の王子様。女の子たちから人気があるわけです。アルファである朔夜くんが魂の番でなければ、校内一のモテ男だったかもしれませんね。あなたに堂々と告白する女の子たちも多かったでしょう」 「ねえ、何が言いたいの?」  ピタリと足を止めた菖蒲は日向に向かって不敵な笑みを浮かべる。 「日ノ目くんのように自分が特別だと勘違いをして傍若無人に振る舞う人も嫌いですが、あなたのように善人ヅラをして平然と暴力をふるう人は、もっと嫌いです。もちろん、わたしのように強い女には、あなたのような王子様は必要ありません。むしろ目障りです」

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