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第14章 アンノウン6

 赤い果実を連想させるこぶりな唇から横一列に並んで生えた白い歯を覗かせる。そうして、その口は致死性の高い毒のような言葉を吐き出していった。  日向は桃のように色づいた唇を閉じた。 「以前もお話しましたが、わたしには姉がいます。三人姉がいて、わたしが末っ子。四姉妹です。一番上の姉は、すでに結婚をして幸せな家庭を築いています。二番目の姉も海外留学して大学生活をエンジョイしてるんです。でも――わたしに一番よくしてくれた三番目の姉は四年前から、ずっと病院にいます」 「えっ?」と日向は訊き返した。「お姉さん、どこか具合でも悪いの?」  菖蒲のことを心配して日向は訊いたのだが、彼女はおもしろくなさそうに眉根を寄せた。 「……階段から落ちて頭を強く打ったんです。打ちどころが悪かったせいで一度も目を覚ましません。表向きは姉が階段でわたしと遊んでいて足を踏み外したことになっています。  でも――真実は違います。突き落とされたんですよ。わたしがひどいことをされて泣いているのを見つけて、問いただそうとしたら、そのまま背中をドン! と押されてね」 「一体、誰がそんなことをしたの……?」 「日ノ目くんのいとこです。昔、この町に引っ越してきて、ある事件に巻き込まれ、亡くなりました。日向くんもよく知っている方だと思いますよ。――誰だか、わかります?」  にっこりと菖蒲が楽しそうに笑う。  反対に日向は顔面蒼白状態になり、ひどくおびえた表情のまま体を小刻みに震わせた。 「(つぼ)(うち)(こう)(めい)さんと坪内(のぞ)()ちゃんです。知らないわけ、ないですよね」 「……何を言いたいのか、よくわからないな」  声が震えないよう平静さを装いながら日向は、菖蒲の言葉に返事をする。  菖蒲は日向のうろたえる様子を見ると目を細め、底意地の悪い顔を浮かべた。 「さあ、なんでしょう。なんだと思いますか。気になりますよねー」 「そんなの」  わかるわけがない。わかりたくもない。  日向は口をつぐんだ。 「あらあら、だんまりですか? いいですねえ、日向くんは。自分に都合の悪いことは、すべて人に押しつけられるご身分なんですから」 「菖蒲ちゃん、そんな言い方はないよ。あんまりだ」  友だちだと思っていた人物にひどい言葉をかけられ、日向は少なからずショックを受けていた。  同時に、どうして彼女からこんなことを言われなければならないのだろうと胸が苦しくなる。 「どうして? 僕、菖蒲ちゃんの気に障るようなことを何かした?」 「ええ、しましたよ」と菖蒲はわざとらしく、ため息をつく。「あなたはわたしの大切な()をぶち壊した。ここで出会う、ずっと前から」 「ずっと前? 意味がわからないよ。僕たちが出会ったのは今年の四月でしょ。どういう意味なの!?」  菖蒲は日向の右手を手に取り、美しく微笑んだ。 「あなたにも味わってほしいんです。わたしと同じ苦しみを。あなたや朔夜くんに代償を払っていただきたいと思っています」 「代償? なんのことか、さっぱりだよ。それと僕を苦しめたいなら、それこそ光輝くんの彼女にでもなればいいんじゃない?」  慌てて日向は手を引っ込めた。 「いやですよ。日ノ目くんの彼女になるなんて死んでも、ごめんです。それから、そんなふうに警戒しないでくださいよ。人をけしかけてあんたをいじめたり、意地悪したりなんてことは絶対にしませんから。そんなことをすれば、わたしが叢雲くんに殺されてしまいます」  日向は猫にいたぶられるネズミのような気分になった。菖蒲への警戒心を強め、目をすがめる。 「あなたがわたしの大嫌いな日ノ目くんに、いじめられて潰れるなんて言語道断。わたしが、あなたをじわじわと精神的に追いつめる楽しみがなくなっちゃいますからね」 「何それ」  大輪の花を思わせる笑顔が一瞬にして羅刹のように変化した。  怒りや憎悪を一切隠そうとしない菖蒲を不気味に感じ、日向は頬を引きつらせる。 「わたしの顔を見るたびに、あなたが自分の()と向き合い、悔いる姿が見たいんです」 「悪いけど、僕は、あの兄妹となんの関わりもない。勘違いしないでほしいんだ」    日向はあからさまな嘘をつき、しらを切った。 「もう行こう。朝の会が始まるよ」と菖蒲の横を通ろうとする。  だが、再度、菖蒲に手を掴まれてしまった。 「嘘をつかないでください」  桜貝のような形のいい爪が日向の象牙色の肌に食い込んだ。爪が食い込む痛みと、菖蒲の底知れぬ悪意を前にしら彼は言葉を失う。  「町の人から聞きましたよ。希美ちゃんは当時『()()()()()()()()に夢中だった』って。この町にアルファの男の子は少ないです。  そして、あの子が死んだ日に、この町では夜祭がありました。あなたも、その祭に踊り子として参加していたんでしょ」 「なんで、それを……」 「この町の人って噂好きですよね。ちょっとカマをかけたらベラベラしゃべってくれました。町の図書館にも当時の資料が残っていたので、すぐに見ることができましたよ。そこら辺は都会の図書館よりも楽で助かりますね」  菖蒲がこの短期間で、そこまで調べ上げていたことに日向は絶句した。いやな汗を全身にかきながら自分に言い聞かせるように「知らない、知らないよ! 僕は何も知らないんだ……!」と同じ言葉を何度も繰り返し、口にする。「僕は何も知らないし、何も見てない……何もしてないんだよ!」

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