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第15章 憤怒1

「嘘をつかないでください。本当はあなたが、あの子や彼を――」 「そこで何をしてる」  朔夜は体育館の入口から大声を出し、舞台の上にいる日向と菖蒲に向かって声を掛けた。  日向は菖蒲の手を振りほどき、菖蒲の爪が食い込んだ痕の残った左手を、朔夜から隠す。  朔夜が舞台の上にいる日向と菖蒲のもとへ向かう。  舞台の上から飛び下りた日向が朔夜のもとへ駆け寄った。 「なんでもないよ、さくちゃん。あのね、菖蒲ちゃんに唇の傷を見てもらったんだ」と半笑いをする。  眉間にしわを深く刻み込んだ朔夜は、赤く腫れた日向の頬へと手をのばす。  指先がそっと肌に触れただけで鈍い痛みを感じ、日向は目をつぶる。 「この怪我……光輝にやられたのか?」  悲しげな声色で朔夜は問いかけた。  それに対して日向は、あっけらかんに答える。 「うん。でもね、僕も光輝くんにやり返したから、おあいこだよ。すごいでしょ! 昔の僕なら何もできなくて泣いてたと思う。でもね、今の僕は……さくちゃん?」 「なんで、俺を呼ばなかった。どうして、こんな無茶をしたんだよ」 「えっ?」 「すごいな、日向! 強くなったんだな!?」と朔夜が手放しに喜んでくれると思っていた日向は、少なからずショックを受けた。それどころか朔夜が今にも泣きそうな顔をしていることに、うろたえる。彼がどうして、そんな顔をしているのか、日向にはまったく理解できなかったのだ。  朔夜は手を離し、うつむいた。重苦しいため息をつき、日向の赤くなった右手を手に取り、そっと撫でる。 「人を殴れば手だって痛くなる。……もちろん殴られたやつのほうが痛い思いをするけど、殴ったやつも傷つくんだぞ」  日向は不思議そうに朔夜が握っている自分の右手を見つめた。ジンジンと熱を持っているものの痛みを感じなかったからだ。  お父さんは僕を殴っているときも痛そうにしてなかったけどな? と他人ごとのように思いながら首をかしげる。 「変なさくちゃん。さくちゃんだって昔は光輝くんをよく殴ってたでしょ。頭とかをさ」 「いつの話だよ。……せいぜい小学生の低学年までだろ」 「えっ、そうだっけ? そんなに昔の話だったんだ!」と日向はヘラヘラ笑って、その場を切り抜けようとした。が――「茶化すな、バカ」と朔夜が苦しそうな顔つきで言うものだから、笑うのをやめる。落ち込んでいる朔夜に、なんと声をかけたらいいのか考えがまとまらず、視線をさまよわせる。 「そろそろ教室に戻りません? 朝の会に遅れちゃいますよ」  いつの間にか舞台の上から下りてきていた菖蒲が、ふたりに話しかける。  顔を上げた朔夜は鋭い目つきで菖蒲を見据える。 「――あんた、日向が光輝に殴られて怪我をしてるのに気にしないんだな。何も思わないのか? それとも“友だち”の心配もしないような人でなしが本性かよ」  あっと菖蒲は口を半開きにする。日向を気にするそぶりをひとつもしなかった。その過ちを朔夜に指摘されて「そうですよね、わたしとしたことが失念していました」としおらしく眉を下げた。「日向くん、大丈夫ですか?」  無言の圧力で話を合わせろと菖蒲に指示され、日向は「うん、大丈夫。これくらい平気だよ」と小声で言う。  そんな彼の様子を目にした朔夜は、傷ついたような表情を浮かべ、灰色の瞳を菖蒲へ向ける。 「虹橋……そもそも、おまえが悪いんだろ。光輝や光輝のグループに目をつけられてるっていうのに、単独行動が多すぎねえか? 少しは人の言うことを聞けよ。警戒心ってものが足りねえんじゃねえ」 「ひどいです、朔夜くん! あの人たちが、わたしをいじめるのがいけないのに、そんなことを言うんですね。悲しくて泣いちゃいます」  おいおいと泣き真似をする菖蒲に対して朔夜は「へたな演技はやめろよ」と冷たい目つきをしながら言い放った。  両手を目元にやっていた菖蒲は、泣き真似をやめると手を体の横にやり、真顔のまま日向と朔夜を見つめる。 「最初は、あんたに対して同情したよ。光輝に好意を寄せられて、あいつの取り巻きにマークされるなんて運が悪いな、って。けど、あんたの行動や言動は、あまりにも一貫性がない。光輝にいじめられてきた連中と、あんたじゃ、ぜんぜん違う。まるで、わざとあいつらを焚きつけて、自分が被害者になるように立ち回ってるみたいだ」 「さくちゃん、いくらなんでも、それは!」  光輝のいじめを受けてきた朔夜の口から、まさかそんな言葉が飛び出すとは夢にも思わなかった日向は、目を剥く。  ところが菖蒲は誤解を解こうとしなかった。 「なんだ、バレちゃったんですね。残念」とうれしそうに口角を上げる。 「やっぱり、そうか。あんたはいつも日向のことを“友だち”と言いながら『殺したい』といわんばかりの目つきで見てたからな。もちろん俺のことも」

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