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第15章 憤怒2

「あららー、殺気を殺すのに失敗しちゃいました。それなら、もう取り繕う必要もないですよね!? というわけで全部ぶっちゃけちゃいます!  そうですよ、あなたたちなんて大嫌い。お友だちだと思ったことは一度だってありません。さっさと死んで目の前から消えてくればばいいのに――って、ずっと思ってました」 「俺たちになんの恨みがある? 何が目的だ?」 「わたしの獲物を平然と奪ったからです」と菖蒲は目を細めた。「わたしが大人になったら、あのふたりを社会的に抹殺するつもりだったのに……その夢を、野望をあなたたちは奪ったんですよ」  日向を庇うように前に立った朔夜が、菖蒲に対して「さっぱりわからないな」と返事をする。「あのふたりって誰のことだ? はっきり言えよ」  その質問に菖蒲は答えない。 「知ってますか? いじめって、いじめた側は何も覚えてないんだそうですよ」  唐突に話題が変わり、朔夜と日向は顔を見合わせる。 「これは犯罪を繰り返し、冒す人間にも、あてはまります。いじめっ子や犯罪者は、いじめた相手や害を加えた人間のことをよく覚えていません。ひどい場合は相手の名前や顔、存在すらも忘れてしまうんですよ」 「何を言ってる?」と朔夜が訊き返しても、菖蒲は朔夜の言葉を無視し、自分の話ばかりを続ける。 「理由は簡単です。取るに足らない相手だから。猫はいたぶったネズミのことを詳しく覚えていますか? 豹やライオンがいちいち狩りで手に入れた食べ物の特徴を細部まで覚えているでしょうか? いいえ、彼らはそんなことを覚えていません。『楽しかった』、『欲が満たされた』、その感情しか覚えていないのです。  それは動物の一種である我々霊長類――つまり二足歩行し、手を器用に使い、頭を働かせて言葉を操る人間にもあてはまります。いじめや犯罪を何回も繰り返し行う人間の頭の中では、いじめや犯罪行為を行うことが『喜び』や『快感』となっているのです。でも彼らは、遊びあきたゲームや壊れたおもちゃのことはすぐに忘れてしまいます。次から次へと新しいものに飛びつくんです」 「俺らは道具じゃねえ。いい加減なことを――」 「だから、あなたたちも忘れてしまった」  泣き笑いのような顔をした菖蒲が、朔夜と日向に話しかける。 「あの兄妹の被害にあったはずなのに、傷ひとつない状態で幸せそうに暮らしてる。平凡な日々を安穏と過ごしているのは――なぜですか? どうして彼らでなく、あなたたちのほうが生き残ったんですか!?」 「だから、なんのことだよ? さっさと言え!」  (しび)れを切らした朔夜が低い声で問えば、「坪内兄妹のことですよ!」と憎々しげに菖蒲が大声で言い放った。「あの人たちのせいで、わたしは一生癒えない傷を身体と心に負いました。姉さんも、あいつらのせいで二度と目を覚まさない!  わたしを大切にしてくれた……大好きな姉さんは、あの兄妹のせいで、わたしの名前を呼んで笑いかけてくれなくなった……病院で寝たきりの状態になったんですよ……!」  涙を大きな瞳からこぼしながら感情を剥き出しにした菖蒲は、朔夜と日向に訴えかける。  朔夜は「坪内」という苗字を耳にすると怒りや悲しみ、憎しみといった負の感情が混ざった顔で奥歯を噛みしめた。  一方、日向は真夏の体育館の中で――それも窓が閉め切り、入口と光輝が逃げるために開け放ったドアしか開いていない状態で、熱気がこもった空間にいるというのに――全身に冷や汗をかいた状態で瞳を揺らし、朔夜に握られていない左手で自分のワイシャツの胸元をギュッと握りしめる。 「希美ちゃんが好きになったアルファは、あなたでしょう、朔夜くん。でも、あなたは幼稚園の頃から、ひなちゃんしか見えていない。容姿がきれいな女の子がいても目も向けないんでしょう? それを……プライドが高くて、ワガママで、自分が一番でないと気が済まない、あの希美ちゃんが許すとは到底思えません。兄である昴明さんに、あなたの魂の番を……オメガであるひなちゃんを紹介したのではありませんか?」 「さくちゃん……」  涙声で朔夜の名前を呼ぶ日向の声に反応した朔夜は振り返る。  体を震わせ、目に涙を浮かべた日向は、今にもどこかへ消えてしまいそうだった。まるで幽霊にでもなるように体が半透明になりかけている日向を前にした朔夜は、恋人の体を掻き抱くようにして抱き寄せる。 「大丈夫だ、おまえはここにいていいんだ」 「でも……僕は、」 「俺がおまえを必要としてる。この先の未来でも、じいさんになって死ぬまで、そばにいてほしいと思ってる。それだけで充分だろ?」 「何をしていんですか? 話はまだ終わってませんよ」  朔夜は、憎しみや恨みといった感情を隠そうともせずにいる菖蒲へと目線をやった。 「あんたも、あのクソ野郎の被害者だっていうなら、日向のこの様子を見れば一目瞭然だろ。自分だって、いやなことをされたのに、同じ被害者である日向をここまで追いつめるのか?」 「同情はしますし、親近感も湧きますね。でも――日向くんは被害者であり、加害者でもある。わたしの獲物を奪った泥棒猫です」 「あんたなあ! 自分には甘くて、人には厳しく接するのかよ? 自分のことを棚に上げて、人には攻撃する? 自分さえよければ他人(ひと)がどうなろうと関係ねえのか!?」  すると菖蒲は目を見開いたまま人をバカにする笑みを浮かべ、狂ったような笑い声をあげた。

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