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第15章 憤怒4
「何より町の人に祭の話を訊いていたら『あの祭を利用して、ひなちゃんを自殺させようとしたんだ』なんて声があがりました」
朔夜と日向のふたりは、ひどく追いつめられたような悲痛な面持ちをして、口を閉ざす。
「ほかにも不可解な点は多々ありますが、ひとつずつ挙げていきましょうか?」
あれだけ感情を高ぶらせていた菖蒲が、今となっては冷静沈着になり、朔夜の話した内容と自分の集めた情報を照らし合わせ、独自に分析し、自分の見解を述べていく。
菖蒲のほうが朔夜たちよりも一枚上 手 だったのだ。
このまま、なんとかやり過ごせると思っていた朔夜は、どうする? どうしたら虹橋さんを黙らせられる……? と自問自答を繰り返す。
「確かに朔夜くん、あなたは嘘をつくのがへたな人間です。あなたの表情や声色で嘘をついているか、すぐにわかっちゃいます。だからこそ、あなたは、わたしに真実を告げた。だけど、それはすべてじゃありませんよね。自分の特性をわざと利用し、情報の取捨選択をした。洗いざらい話してくれればいいのに、日向くんに都合の悪い情報は全部隠しちゃうんですね」
「それは、こっちのセリフだっつーの」
不利な形勢にもかかわらず朔夜は、ふっと笑みを深めた。
「はい?」と菖蒲は口元をひくつかせる。
「もとから、うさんくさいやつだと思ってな。最初から信用してなかったんだ。監視して正解だった」
「なんです、突然。負け惜しみですか?」
「負け惜しみなんかじゃねえよ」
そうして朔夜は胸ポケットから細長い銀色の棒を取り出した。
「あんたは自分から何を目的としているのかネタバラシした。俺と日向しかいないと思ってやったんだろうけど、ちゃんと録っておいてあるからな」
「ICレコーダーですか……。いつもそんなものを持ち歩いているんですか?」と菖蒲はあきれ顔をする。
「まあ、な。光輝が俺に桃を食わせたときの保険になる。何より坪内昴明みたいなアルファが日向みたいなオメガを無理やり襲おうとしたときの証拠になる。どんな上級アルファであろうと、いやがるオメガを強制的に番にするのも、性行為を強要するのも違法だ。これさえ警察に提出すれば言い逃れはできないからな。
いざってときのために持ってるんだ。光輝があんたを襲ったり、日向をタコ殴りにするかと思って仕込んでいたのが役に立ったな。まさか、あんたがこんなに裏表のある悪魔みたいな性格をしているとは夢にも思わなかったよ」
これで形勢逆転になると朔夜は確信するが菖蒲は、なおひょうひょうとした様子でいる。
「悪魔……ですか。言い得て妙ですね。わたしの心は姉さんが目を覚まさなくなったときから、悪魔になったも同然ですし」
彼女は親に置いていかれた子どものように、さびしい目つきをして体育館の床へと一瞬、目線をやった。
しかし、すぐに真顔になった彼女は、朔夜と日向のふたりへ目を向ける。ふたたび氷のように冷たい目つきをした。
「どうぞ、ご勝手に。そんなものでわたしを脅せると思ったら大間違いです」
左手は腰にあて、肩にかかっている髪を右手で後ろへやる。
「しょせん、この町の人間ではありませんから。おまけに今は中三の夏。夏休み目前です。わざわざ、あなたたちとお友だちごっこをしなくても、勉強して卒業単位を取れれば、それで構いません。後は東京の高校へ進学するだけですから」
「……俺が絹香や衛たちにあんたの本性を告げ口しても、いいってことか」
「はい、その通りです。よくわかりましたね! 朔夜くんに花丸を差し上げましょう」
大輪の花を思わせる笑みを浮かべて菖蒲は朔夜への嫌味を言う。
「朔夜くん、あなたの誠実さや真心は素晴らしいものだと思います。しかしながら実際の社会で勉強だけできても意味がないように、人の裏をかくことができなかったり、相手の心理を読んで駆け引きができないところは傷です。この町で井の中の蛙をやっているから世の中のことがわからないんですよ。アルファの“王様”も大したことありませんね」
すると朔夜はICレコーダーの電源を切り、胸ポケットへしまった。
「当然だ。俺は王に値する器じゃない。光輝が親の権力をかさに暴君のように振る舞ったり、坪内兄妹がこの町に来なければ、出番なんて最初からなかったんだ。ほかに同年代の上級アルファがいないから王に据えられただけ」
心底不快だといわんばかりに菖蒲は舌打ちをした。
「なんですか、それ……少しは悔しがったら、どうなんです? あなたはあなたで、どうかしてますよね。アルファなのに威厳はないし、男らしくもない。いつも後ろ向きで過去のことばかりを引き合いに出す! プライドってものがないんですか!?」
「悪いな、俺は元オメガだからな。あんたのいう定型的なアルファには当てはまらねえんだわ」
朔夜は日向を抱きしめていた手を解き、日向の手を握って床に落ちているカバンを拾い上げる。
「どこへ行くんです?」
「保健室だ。日向の怪我をこのままにしておけるわけねえだろ」と朔夜は眉を寄せながら答える。「今回の件はなかったことにしておく。だから、あんたはさっさと教室へ戻って、お得意の猫でもかぶりながら俺たちのことを担任か心にでも伝えてくれよ」
悔しそうに菖蒲が両の拳を握る姿を一瞥した朔夜は、不安げな顔つきをしている日向の手を引いていく。玄関で靴へ履き替え、外へ出た。
真夏の太陽のギラギラした光が、容赦なく地面へと降り注ぐ。まるでフライパンの上にでもいるような暑さだ。
朔夜と日向は全身に汗をじっとりかきながら歩を進める。
手汗が滲んでも彼らは、つないだ手を離そうとはしなかった。
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