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第16章 カードを切る1
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「はい、いっちょ上がり。一抜けさせてもらうぞ」
「えっ……もう終わりなの、衛くん」
目を点にした鍛冶が立ち上がった衛を見上げながら問いかけた。
首を肩の左右へと動かし、肩の凝りをほぐしながら衛は「ああ、これで終わりだ」と告げる。「悪いな、火 山 。おまえがうれしそうな顔をしているのを見て、革命を起こすだろうことは読めていた。使わせてもらったぞ」
「おい、嘘だろ……! 一発逆転できると思ったのに!」と好喜は大量のトランプを手にしたまま天を仰いだ。
「おまえがスペードの三とジョーカーを、さっさと使うからいけないんだろ」
悔しそうな顔つきをした角次が愚痴をこぼす。
彼の隣に座っていた疾風は、ため息をつきながらもダイヤの七を出した。残り四枚のカードを持ちながら「革命返しをして、もう一枚のジョーカを使う。で、最後の最後はハートのエースで決める、か」と小さくつぶやいた。
「うっわ、衛。相変わらず、えげつないな」
苦笑しながら穣はクラブのジャックを出した。
「好きに言ってくれ。そういうわけで今回の大富豪は、おれだ。午後の買い出しは任せたぞ」
――衛たちは、学校の授業が終わった後、朔夜や日向といった成績上位者とともに勉強をすることになっていた。
一番学校から近い場所に住み、自宅の敷地が広い穣の家へ集まり、いつものメンバーで期末考査と受験勉強をするのだ。
だが、十人以上も集まれば、穣の家族にも迷惑を掛ける。
子どもたちは、それぞれ小遣いやお年玉でもらったお金を出し合い、勉強する際に必要なお菓子と飲み物を買うようにしていた。その買い出しに行く人間を決めるため、衛たち男子は、昼休みにトランプゲームをしていたのだ。
貧民と大貧民になった人間は、学校前にある個人商店へ行き、大量のスナック菓子や焼き菓子と特大サイズのペットボトルに入ったお茶やジュースを買う。
朔夜と日向は毎回、買い出しに行ってるし、今回は期末考査だけでなく受験勉強も見ることになっていたのでゲームには参加せずに済んだ(実際は買い出しに行くのを口実に、ささやかなデートを楽しんでいるだけだと衛たちは知っていた)。
ちなみに女子がトランプゲームに参加していないのは、絹香が——「あたしはアルファだから関係ないけど洋子たちはベータよ。あんたたちは、普通のか弱い女の子たちに重いものを持たせようってわけ? それでも男なの?」と煽ったことが原因だったりする。
まんまと絹香の罠に引っかかった好喜は「うるせえな、おれらだって、やればできるっつーの!」と発言。
男気を大切にする穣も「俺らだって男だ。女子にだけ荷物を持たせたりしねえ」と意気込んだ結果、男たちの間で買い出しのメンバーを決めることになったのだ。
一番に勝ち、大富豪となった衛は清々しい気分のまま、片手を上げて教室を出ようとした。が――「へえ、そうなんですか! 篠 亜 麻 祭りって、どんなお祭りなんです?」
オーバーリアクションで驚きを表現している菖蒲の言葉を耳にした彼は足を止め、後ろを振り向いた。
菖蒲と話をしている洋子や心、絹香が和気あいあいと女子トークを楽しんでいる。
一方トランプゲームをしていた穣たちや衛の様子が一変する。
穣は表情が抜け落ちた顔のまま呆然とし、好喜は顔を真っ青にして表情を固まらせた。
トランプを床へ落とした鍛冶は涙目になり、両手で口元を抑え、吐き気を催す。
机の上にトランプを放り投げた疾風が「鍛冶、大丈夫か?」と鍛冶の丸まった背中をさすった。尋常じゃないレベルで身体を震わせている鍛冶を立ち上がらせる。気分の悪そうな友だちをトイレへ連れていくことを名目に、疾風はそそくさとその場を立ち去った。
その様子を意味深げな目つきをした菖蒲が観察していることに衛は気づいた。
「衛」
角次に声を掛けられ、衛は「なんだ?」と聞き返す。
「なあ、頼むよ。このままじゃ負けちまいそうだ。何かいいアドバイスをしてくれねえか?」
「……ああ、もちろん、いいぞ」
角次とアイコンタクトをした衛は、きびすを返し、即座に角次のもとへ向かった。
はたから見れば衛が後ろから角次のカードを見て、勝てるように助言をしている体勢で、ふたりは声のボリュームを抑えながら話し合いをする。
「なんか、まずくないか? 虹橋さんって空ちゃんのいとこだよな?」
「ああ、叢雲が言ってた。だけど、あいつ、『空は日向の味方だから、あの夜のことは口が裂けても光輝には言わない』って信頼してるぞ」と衛は角次の手の中のカードを見つめる。
「じゃあ虹橋さん、空ちゃんと光輝があの祭りについて話しているところに、たまたま居合わせたのかな……? それとも空ちゃんが口を滑らせたのか?」
「それはないだろう」と衛は言い切った。「日ノ目が空ちゃんと学校で話すことは、ほとんどないからな。第一、あのことを容易に口にすれば、碓氷が警察に事情聴取を受ける可能性が上がるし、この町で居場所がなくなる。碓氷は父親を失い、オメガである母親は番であるアルファを失う。口の硬い空ちゃんが碓氷のためにならないことをするはずがない」
「だったら、なんなんだよ、あの人? なんで百年に一度しかやらない祭りを知ってる?」
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