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第16章 カードを切る2
衛は、にこにこと機嫌よく笑い、絹香たちと話している菖蒲へと目線を向けた。
彼女は、絹香の祖父母と話したり、町役場に勤めている洋子の両親とも会話をよくする。
それに植仲町の図書館にも、よく通っていた。
小さな町の図書館を利用する人間は決まっていた。絵本を読む幼い子どもか、編み物や料理をする主婦。それ以外は、ほとんど寄りつかない。
以前は朔夜も、植仲町の図書館によく通っていたが図書館にある本をすべて読破してからは、新刊が入荷されたとき以外、本を見に行かなくなってしまった。
閑散とした図書館で司書をやっている心の姉は、妹の友だちである菖蒲の望む本や書籍を取り寄せ、古い新聞記事や町の広報といった資料を出して、惜しみなく解説したのである。
「さあな、この町に興味があって調べてるようには見えないが……とりあえず様子を見てくるよ」
「ああ、頼んだぞ」
そうして角次は何ごともなかったかのように「ったく、鍛冶はしょうがないな。疾風と違ってカードも伏せてかねえんだから」と鍛冶の落としたカードを広い、机の上へ伏せてやる。
「鍛冶、平気かな? 便所に駆け込んでいったみたいだけど」
気を取り直した穣が、心配そうな顔つきをしてカードを持ち直した。
「給食のデザートの冷凍みかんを食いすぎて腹でも壊したんだろ!? ほら、好喜。チャンスだぞ」
角次は黙りこくっている好喜の背中を力いっぱいに叩いた。
「えっ、チャンス……?」
ほうけた表情をした好喜が目を丸くして角次に尋ねた。
「ああ、弱っちいカードしかなくても逆転勝利ってこともある」
「いや、そんなのよっぽど運がいいか、頭がよくねえと無理だって。負け確定だよ」
苦笑いをしながら角次は衛のほうへと目を向ける。
「たとえそうだとしても試合のときみたいにさ、諦めずに頑張りてえ。最後まであがいてやろうって思わねえか?」
「あら、まもちゃん。賭けは終わったの?」と絹香は机に、ひじをつきながら衛のことを見上げた。
「まもちゃん、座って、座ってー。ふ菓子、どーぞ」
「はい、冷たい麦茶よ」
無断で学校近くの駄菓子屋で買ってきた、ふ菓子を洋子は衛に手渡した。
家が中学校から近く歩いて一分の距離に住んでいて、吹奏楽部と文芸部をかけもちしている洋子は、夏場と冬場になると運動部が使うような大きな水筒を持ってくる。そうして夏場は冷たい麦茶、冬場は温かい紅茶をふるまうのだ(ついでに言うと彼女は音楽と美術の教科書以外は、すべて学校の机の引き出しの中に入れていた)。
「サンキュー、洋子ちゃん。委員長もありがとう」
近くにあった椅子を引き寄せ、衛は腰掛けた。
「で、戦況はどうなってるわけ? 誰が買い出しに行くの?」
白い紙コップに入った冷たい麦茶に口をつけながら、プラスチック製の固い下敷きをうちわの代わりにして絹香は扇いだ。
「ああ、今の状況だと|赤《あか》|酒《ざけ》と火山が買い出しになりそうだ」
「そっか。好喜くんと鍛冶くんがドベなんだ……あのふたりじゃ、なんだか買い出しを任せるのが不安かも」と心は、うなった。
「言えてるわね、委員長。あいつらじゃ寄り道するか、道草食いそうで、なんかいやだわ」
「じゃあ、どうするの、絹香ー?」
「おいおい、待ってくれよ。おれは戦況について説明しただけだ。まだ勝負は最後まで決まってないぜ」
挑戦的な目つきで衛は菖蒲のことを凝視する。
「へえ、そうなんですか! |辰《たつ》|巳《み》くんってカードゲームが強いんですね!」
大輪の花のような笑みを浮かべた菖蒲が、衛のことを褒めると衛は意味深な笑みを浮かべた。
「ああ、まあな。アルファである叢雲には勉強も、スポーツも負ける。だが、これだけは負け知らずだ」
「そうなのよ、菖蒲。まもちゃんったらカードオタクでね。トランプゲームはもちろん、カルタや百人一首まで強いのよ。これでベータとか冗談でしょってレベルでなんだから」
「おいおい、絹香。そんなに褒めるなって。褒めてもなんも出ねえぞ」
「あら、本当のことを言ってるだけだよ。過去三年間、全学年参加の百人一首大会で勝ち続けた、すごいやつだってね」
「そう言えば菖蒲ちゃんも百人一首は強いんじゃなかったけ?」と心が菖蒲のほうを見る。
「そうよねー、東京の学校でやった百人一首大会で、学年一位って言ってたものー」
「そんな大したことじゃありませんよ、|胡《こ》|蝶《ちょう》さんも、|西《にし》|海《うみ》さん。そんなことを言われたら、わたし、照れちゃいます!」
自信満々の笑みを浮かべながらも口だけの謙遜をするのか、と内心毒づきながら衛は菖蒲の焦げ茶色の目を見つめる。
「来年の一月が楽しみだな。最後まで残れそうか?」
「ご心配なく。当てずっぽうでやっているわけではありませんから。そういう辰巳くんは、どうなんですか?」
「もちろん、全部暗記したよ。寝る間も惜しんでな。取る練習も叢雲たちや兄弟に手伝ってもらってる」
「まあ、それはそれは。とても、すごいですね。ぜひお手合わせ願いたいものです」
はたから見れば目の保養になる美少女と美少年が朗らかに会話しているように見える。
絹香たちは身を寄せ合い、ふたりの様子に興奮しながら「ラブかしら?」「そうかもしれないわー」「絶対ラブよ、フラグ立ったわ!」とコソコソ話していた。
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