132 / 157
第16章 カードを切る3
だが実際はタヌキとキツネの化かし合いだ。
|王様《アルファ》である朔夜の右腕兼参謀長の衛と、|王子様《オメガ》の化けの皮を剥がすため虎視眈々と機会を伺っている菖蒲は、互いに腹の内を探り合っている。
ふたりが、目に見えない火花を散らし合っているのを穣たちは遠巻きに、ハラハラしばがら見ていた。
「で、なんのために、こっちに来たわけ? 菖蒲とお近づきに……ってわけじゃないんでしょ」
足を組んで、彼らをじっと眺めていた絹香が、衛に尋ねる。
「ああ、祭りの話しが聞こえたもんでな」
すると菖蒲は笑顔を潜ませ、真剣な顔つきで衛のことを見据えた。
「そう言えば、あのお祭りに衛くんたちも参加してたんだよね」
「そうねー、なぜか女の子はほとんど呼ばれなかったり、『行くな』って言われたわよねー。男の子は全員、参加してたのにー」と洋子が人差し指を頬にあてた。「わたしは、ひいおばーちゃんに行くのを止められちゃったわ—。それで千葉のほうへ家族総出で遊びに行くことになったのー」
「そうなんだ、洋子ちゃん。わたしは、おじいちゃんとお父さんに『駄目』って言われて、新潟の海まで旅行に連れて行ってもらったよ」
「委員長もー?」
そうして洋子と光は昔話に花を咲かせる。
「……蛇崩さんは、そのお祭りに参加したんですか?」と菖蒲は絹香に話を振った。
すると絹香は眉を寄せ、あごに手をやり、首をかしげた。
「あたしは『お姉ちゃんたちのところへ行ってきなさい』って言われて東京まで行ってたわ。あの祭りに参加した女子って、坪内さんとその友だちしかいないんじゃないかな?」
「つぼ、うち……さん? このクラスにはいない子ですよね。どなたですか?」
まるで初めて聞いた名前だ、という演技をしながら菖蒲は、慎重に絹香の話を訊く。
周りの人間の様子を見てから、こっそり絹香は菖蒲に耳打ちをした。
「ひなちゃんとさあちゃんの仲を引き裂こうとした子。三年前、この町で殺されちゃったの」
「えっ……怖いですね。そんなことがあったんですか?」
「そうよ。坪内希美っていうアルファの美少女。植仲町に引っ越してきた子だだったわ。最初は男たちも坪内さんがやってきて喜んでたの。でも、あの子、『アルファはアルファと結婚すべき』って考えだった。
すっごく性格が悪くてオメガのひなちゃんに意地悪をしてたから、アルファであるさあちゃんに嫌われちゃったの。確か……お兄ちゃんがいたはずよ。確か、さあちゃんのお兄ちゃんである|燈《と》|夜《や》くんと同じ高校通ってたはず。なんにせよ、あまりいい噂を聞いたことがないわ」
「……そうですか」
そうして絹香が顔と手を菖蒲から離すと、菖蒲は衛の黒い瞳を見つめた。
「ねえ、まもちゃん。あの兄妹が亡くなったのも、祭りがあった日なんでしょ?」
「……ああ、そうだったな」
「一体、何があったの? あの後、鍛冶くんも、ひなちゃんもすごい怪我をしてたし。疾風くんも満身創痍だったじゃない。それに……さあちゃん、気が狂ったみたいに怒ってたし、こうちゃんたちにいたってはバカなことを延々と喚き散らしてたでしょ。いい加減、あたしたちにも何があったのか教えてよ。それとも、ここじゃできない話?」
菖蒲は目を細め、珍しく悲しげな表情を浮かべる絹香の横顔を見つめた。
衛は教室の中をグルリと見回した。
光輝たちのグループの姿が見えない。はいつも通り屋上にいるのか、音楽室でたむろっているのだろうか?
そして渦中の人物である朔夜と日向の姿もなかった。
これなら最低限のことを話してもいいだろう。そう判断した彼は口を開いた。
「そうだな、もう三年も経つんだからいいよな」
「……あなたは篠亜麻祭りについて何を知っているんですか?」と菖蒲が衛に問いかける。
「すべて、かな。あのとき、あったできごとを包み隠さず話すよ」
窓の外には青空が広がっていた。夏の空には綿あめのような大きな入道雲が浮かんでいる。
ギラギラと輝く灼熱の太陽が、校庭の砂地も、草も、木も燃やさんばかりの勢いで照らしていた。
七日間という短い命しかないミンミンゼミが、うるさいくらいに鳴いて、「ここにいるよ」と必死で自分の居場所を、番となるセミに告げる。
じっとりとした汗をかきながら衛は、絹香と菖蒲相手に、三年前のできごとを話し始めた。
ともだちにシェアしよう!

