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第17章 世にも珍しい絶世の美少女4
弱々しく手を挙げた鍛冶が水島へ質問をする。
「いい質問だ、火 山 。じゃあ……転校生を呼ぶぞ」と公宏が教室のドアを開ける。「さっ、入って」
子どもたちはワクワク、ドキドキ、ソワソワしながら転校生の出現を待った。
そうして彼女が教室へ入ってきた瞬間、生徒たちは言葉をなくした。
夜の帳を思わせるロングヘアは腰まであり、まるで絹糸のようにサラサラしている。その黒髪を際立たせる肌は雪のように白い。理知的で黒く大きな瞳に、長くカールしたまつ毛。すっと通った美しい鼻筋。頬紅 を塗ったかのような薄紅色の頬に、真っ赤なバラの花びらみたいな唇。
左右黄金比のとれた顔立ちに、しなやかな体つき。
まるで天女やかぐや姫のように、この世の者とは思えないくらい美しい容姿をしていた。
「坪内希美さんだ。お父さんの仕事の関係で千葉からやってきた。みんな、仲良くしてくれよ。それじゃあ坪内さん、簡単にでいいから自己紹介を頼む。一言でいいからさ」
「はい、先生」と希美は水島を見上げる。年相応のかわいらしい笑みを浮かべ、子どもたちのほうへ顔を向けた。「初めまして、坪内希美です。父が植仲町へ転勤となり、引っ越してきました。趣味はお裁縫や手芸。好きな科目は算数、苦手な科目は体育です。いろいろとわからないこともあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
花がほころぶような希美の笑みに朔夜と水島以外の男子は、うっとりと夢見心地な顔をした。
なんだ。やっぱり、おばさんや日向のほうが、ずっときれいじゃねえか……と朔夜は、頬杖をつきながら希美のことを興味なさそうに、眺めていた。
「席は生徒会長である男子の叢 雲 と、副会長である女子の蛇 崩 の間だ。あそこの空いた席に座って」
希美のために用意された席を水島が指差す。
「はい、わかりました」と希美は澄んだ声で返事をし、自分の席へ向かって歩いていく。
好喜は目をハートにし、鍛冶もぽうっとのぼせた顔をして、希美を目で追いかける。
一部の男子は「なんだよ、朔夜のやつ羨ましすぎるだろ」と小さな声で愚痴をこぼした。
「おはようございます、どうぞよろしくお願いします」
希美は絹香と朔夜のふたりに挨拶をした。
「ええ、おはよう。よろしく」
絹香が挨拶をしたかしないかのうちに希美はランドセルを机の上に置き、左隣の朔夜へと顔を向ける。
「叢雲くん……ですよね。月に叢雲の“むらくも”と同じ名字なんですか?」
じっと希美は朔夜の灰色の瞳を見つめ、微笑んだ。
「ああ、うん。そうだけど」
「わあ、すてき! だから名前にも月が入ってるんですね。えっと――」
「“さくや”だ。月のない夜って意味」
「そうなんですね。“さくや”って、お星様がいっぱい見れる夜っていう意味ですか?」
「どうだろ? 両親とそういう話をしたことがないし、俺も興味ないから、よくわかんねえや」と苦笑する。
「もしも満点の星空っていう意味だったら、とってもきれいな名前だと思います。朔夜くんって呼んでもいいですか?」
「お好きにどうぞ。後、坪内さんがいやでなきゃ、無理して敬語で話さなくていいよ。タメで平気。同じ学年なんだし」
「うれしい! じゃあ、そうさせてもらうね、朔夜くん。わたしのことも希美って呼んで」
朔夜は首の後ろを掻いた。
見る者を魅了する笑みを浮かべていた希美の後ろには「はあ、何こいつ? あたしを無視してるわけ?」と怒りのオーラを発し、顔を歪ませている絹香がいたからだ。
同性より異性と話すのが得意な人間もいるよなと頭の片隅で思いながら、朔夜は社交辞令で希美の話に合わせていた。
かといって彼は、衛や角次のように話好きというわけでもない。初対面の異性に話しかけられ、こんなふうに長々とおしゃべるをするのは苦手中の苦手だ。
希美は目を輝かせながら朔夜へ質問をし、自身のことを話した。
「いろいろ慣れないこともあるだろうけど、ちょっとずつ慣れていけば大丈夫だ。困ったことがあったら、俺や周りのやつに聞いてくれ」
「ありがとう、そう言ってもらえると気が楽になるわ」
「後、入学式の準備とかが終わった後に学校案内がある」
「そうなの! 朔夜くんも一緒に来てくれない?」と希美が上目遣いをして朔夜に聞く。
「あー……俺は生徒会の仕事があるから行けねえわ。悪い」
「そう、残念」
「案内は副会長の絹香や学級委員長の心がする。なあ、絹香」
意図的に朔夜は絹香へと話を振った。
「ええ、そうね。帰りの会の後、よろしくね。坪内さん」
にこりと愛想笑いを浮かべて絹香は笑った。が――「そう、ありがと」と希美は、真顔のまま、そっけなく礼を言った。
絹香に対して興味ないと言わんばかりの態度をとり、ふたたび朔夜に顔を向け、にこにこしながら話をする。
「おい、どうにかしてくれよ」と朔夜は、絹香に向かってアイコンタクトを取った。
すっかり希美の態度に腹を立てていた絹香は、「知らないわよ。自分でどうにかすれば?」と朔夜に助け船を出さなかったのだ。
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