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第17章 世にも珍しい絶世の美少女5
日向のやつ、俺と坪内さんの様子を見て変な誤解をしないよな? と朔夜は、内心タジタジだった。同時に、もしかしたら日向がかわいらしくやきもちを焼く姿を見られるんじゃないかと期待に胸をふくらませていたのだ。
期待と不安が入りまじった状態で、ちらっと日向のほうへ目を向ける。
日向は黒曜石のような瞳をキラキラと輝かせていた。
「転校生とすぐに打ち解けて、お話もできるなんて、すごい! さすが、さくちゃん」と尊敬の眼差しを向けられる。
まあ、そうだよな。俺のことを恋愛対象として見てない日向がやきもちを焼いたり、嫉妬するわけないか。朔夜は意気消沈する。
魂の番である日向に好かれ、幼稚園の頃には将来、番となって結婚する約束をしたものの日向が自分に抱いている感情は尊敬と憧れ、そして友情だということが朔夜には、よくわかっていたのだ。
日向のほうが数カ月早く生まれていても感情が幼いことを彼は理解していた。そのうち日向も魂の番であるオメガとして恋愛感情を持ってくれる。そうすれば、ゆっくり、ふたりで大人になっていける。
が――このまま日向が発情期を迎える歳になっても、自分を愛してくれなかったらどうしよう? という焦りも少なからずあったのだ。
種を植え、水と肥料を与えて太陽の光も充分あてているのに、いつまでも芽吹かず花も咲かせない植物を観察している。
自分ばかりが日向に恋い焦がれ、追い求めている状況に寂しさを感じていたのだ。
「初めまして、坪内さん。僕、碓氷 日向って言います。さくちゃん――朔夜くんの幼なじみ。わからないことがあったら、なんでも聞いてね!」
希美は日向の頭の先から足先へと目線を移す。
「あの、どうかしたの? 僕、何か、ついてる?」と日向がぎこちなく訊く。
「へえ、あなたが碓氷くんって言うんだ。こちらこそ、よろしくね」
「? うん、よろしく」
そうして希美は、にこっと日向に笑いかけた。
日向は何か違和感を覚えながらも、おひさまのような笑みを浮かべ、希美に笑い返した。
「じゃあ坪内の紹介も終わったことだし、体育館へ移動しよう。校長先生たちの話が長くなるからトイレはちゃんと済ませておけよ」
水島の発言に教室は笑い声でいっぱいになった。
子どもたちは教室を出て、階段を下りて体育館へと移動する。
「ねえ、坪内さん。前は東京にいたんでしょ」
「……ええ、そうよ」
「ここは田舎の小さな町だけど、いいとこもいっぱいあるわ。放課後、時間があれば町の中も案内するけど、どう?」
絹香が希美に話しかけているのを朔夜は確認してから立ち上がり、「行くぞ、日向」と日向へ話しかけた。
すると希美は、絹香から目線を外し、「待って!」と朔夜の手首を掴んだ。
男子たちの視線が集まり、朔夜は居心地の悪さを感じた。
「どうしたんだ、坪内さん」
「ねえ、朔夜くん。朔夜くんには恋人っている?」
「へっ」と朔夜は、すっとんきょうな声を出した。「いきなり、藪 から棒にどうした?」
「だって朔夜くんってカッコいいし、すてきじゃない。彼女がいるのかなーって思ったから質問したの」
希美の言葉に朔夜は頬を引くつかせた。
衛や疾風のように容姿が整っていると老若男女から評価されていたり、日向のように学年を問わず女子から人気がある状態なら、朔夜もそんな反応を取らなかった。
しかしながら朔夜は容姿が整っているわけでもなければ、女子から人気があるわけでもなかった。何より叢雲本家でワンエイスである母よりも、白人の血が濃く出ている容姿をバカにされ続けてきた。日向と出会うまでの間は叢雲家で唯一のオメガで、髪や目の色が誰にも似ていなかったせいで兄である燈 夜 に「おまえなんか弟じゃない」と意地悪をされていたのだ。
容姿にとてつもないコンプレックスを感じていた朔夜は、まるで暴力を奮ってくる主人を前にした犬のようにすくみ上がった。
だが希美は、そんなのお構いなしでズイと朔夜に近づいた。
「ねえ、いるの? いないの?」
「えっと、そういう人はいないけど」
「本当!」
ぱあっと希美は表情を明るくさせた。
「あ、ああ……」と歯切れ悪く朔夜が答えれば、希美は両腕を朔夜の左腕に絡ませた。
「だったら、わたしが朔夜くんの彼女になっても問題ないわね。朔夜くん、わたしと付き合って!?」
ええーっ! と好喜と鍛冶の叫び声が教室内に響いた。
「はっ、えっ? 何?」
告白をしたことはあっても、されたことは一度もない朔夜はあからさまに狼狽する。
「聞こえなかった? 彼女にしてって言ったの。駄目?」
朔夜は、上目遣いをしてくる美少女を凝視した。
好意を寄せられてうれしくないと言えば嘘になる。だが自分には、すでに碓氷日向という魂の番であるオメガがいる。
出会ったばかりのよく知らない女子に好きだと言われ、何が起きているのかさっぱりわからず朔夜は戸惑った。
今すぐ断らなくてはと思うもののほかの生徒の目が気になるし、何よりなんと断ればいいのかがわからなくて、困り果ててしまう。日向のほうへ顔を向ければ、ポカーンと口を開けて目をパチクリさせていた。
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