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第17章 世にも珍しい絶世の美少女6
困惑する朔夜と機嫌よく笑みを浮かべる希美の間へ絹香が割り込んだ。ベリッとガムテープを勢いよく剥がすように朔夜の腕から希美を引き離す。
「ちょっと蛇崩さん、何するの!?」
不本意極まりないといわんばかりに美しく整った柳眉をつり上げて希美が叫んだ。
「『何するの!?』じゃないわよ。あんたが、さあちゃんの恋人に立候補? 駄目に決まってるでしょ! 身のほど知らずな態度もいい加減にしなさい」
「何、あなたも朔夜くんのことが好きなの?」
「はあ?」
絹香は希美の言葉に嫌悪感をあらわにし、朔夜を指差した。
「バカ言わないで、こいつはただの幼なじみ。できの悪い弟みたいな存在よ!」
「だったら蛇崩さんが口出しする権利はないわ。ねっ、朔夜くん」
そうして希美は朔夜に微笑みかける。
こめかみに血管を浮かび上がらせた絹香は、意識が遠くへ行ってぼうっとしている日向の手首を引っ掴んだ。日向は希美の反対側、つまり朔夜の左横へ移動させられる。
「さあちゃんには、ひなちゃんがいるの! ふたりは魂の番だから、あんたの出る幕なんてない。さあちゃんとひなちゃんも黙ってないで、なんか言いなさいよ!?」
「えっと……」と日向は眉をへにょりと下げて口ごもってしまう。
そんな日向の様子を目にした朔夜の胸は、コンクリートで擦りむいた膝のようにジクジクと痛んだ。
「そういうわけだから。坪内さんの気持ちはありがたいし、うれしいよ。これからも友だちとして――」
「ひどいわ、朔夜くん」と希美は目を潤ませる。「さっき恋人がいるって言わなかったのに……転校初日で、わたしを振るの?」
「いや、それは……」
「碓氷くんだって、朔夜くんが『恋人がいない』って答えていたのを訊いたでしょ? そうよね!?」
涙目になった希美は朔夜の腕を離し、突然、日向の両手をギュッと握りしめた。
「あっ、あの……」
「碓氷くんは朔夜くんの魂の番であっても、恋人ではないんでしょ?」
こいつと絹香が舌打ちをする。
朔夜は希美に揚げ足をとられたことに気づき、不安な表情をして日向のほうへ目線をやる。
表情を曇らせた日向は「う、うん。そうだよ」と希美に返事をした。
「じゃあ、わたしの邪魔をしないでね」
「えっ?」
「言ったでしょ。わたし、朔夜くんのことが好きなの。でも、あなたは朔夜くんの魂の番でも、彼を恋愛対象として見てない。だから、あなたたちは恋人同士じゃないんでしょ? だったらライバルじゃなくて友だちなんだから、わたしの恋を応援してくれるわよね」
どうしたらいいのか迷っている様子の日向を見て、朔夜は息苦しさを覚えた。
「――悪いけど俺、祝辞の練習があるから先行くわ」
「えっ、朔夜くん!?」
そうして朔夜は、ひとり教室を出ていった。
「何よ、ざまあないわね」と絹香はニヒルな笑みを浮かべ、希美のことを罵 った。
きっと鋭い視線を絹香に向けた希美は、朔夜の後を大急ぎで追いかける。
「ったく、なんなのよ、あいつ。生意気な女」
「絹香、怒りすぎよー」
頭をかっかさせている絹香を、どうどうと洋子がなだめた。
「なんだか強烈な人よね。朔夜くんには、日向くんっていう運命の人がいるのに恋人へ立候補するなんて常識外れだわ!」と教室の鍵を手にした学級委員長の心が、ぼやく。
「そうよ、そうよ。さすが委員長、いいこと言う! ひなちゃんも、なんで言い返さなかった……って、ひなちゃん、大丈夫!? 具合でも悪いの?」
日向の顔色は死人のように真っ白になっていたのだ。
日直で教室の戸締まりをしていた疾風が「碓氷、保健室に行くか?」と声を掛ける。
しかし日向は首を横に振って「大丈夫だよ」と小声で返事をする。「ちょっと胸が痛くなっただけ。肋間神経痛かな? もう治ったから気にしないで!」
頭に手をやり、アハハとどこか無理したような笑みを浮かべる。
その場にいた四人は日向の様子がおかしいことに違和感を覚え、顔を見合わせた。
「まあ……あんなことを言われれば胸も痛くなるわよね。それじゃあ体育館のほうへ行きましょう。ほかの子も行っちゃったし」
そうして教室に残っていた五人も体育館へと足を進めた。
無人となった教室には日向に、うりふたつの容姿をした少年が立っている。彼は希美の座席を静かに睨 みつけ、目を閉じると空気にとけ込むようにして姿を消したのだ。
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