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第18章 おじゃま虫1

 今年度の挨拶と新任・新米教師のお披露目を兼ねた教師の紹介が行われるので、(本当は入学式の準備に駆り出されたも同然だが)全校生徒は体育館へと集まった。  校長先生の長い話に、新年度の担任、移動によって学校へ新たにやってきた教師や新米教師の説明を受ける。それが終わるとすぐに三日後に行われる入学式の準備だ。  朔夜はパイプ椅子を運びながら重々しい、ため息をついた。  希美が暇を見つけては話しかけてくるからだ。今日出会ったばかりの腕に絡んできたり、肩や髪、手に触れてくる。  異性愛者であるベータの男子であれば顔を真っ赤にし、照れたり、喜んだりするのだろうが、すでに心に決めた人がいる朔夜からしたら迷惑極まりない行為だった。  おまけに下位アルファである絹香が、希美のことを敵と認識している。気位の高い性格をした幼馴染が、いじめや意地悪などという卑怯な手段をとらないことを朔夜は熟知していた。  しかしながら絹香の性格はきつく、一度「嫌い」と認定したら最後、とことん相手に対して冷たい態度をとる人間であることも充分理解していたのだ。  女子の中でも背が高くてスレンダー。腰まである長い髪を切り落とせば男子と大差ない容姿をしている絹香は、勉強はできなくてもスポーツ万能。姉御肌な気質で懐に入れた人間には情に厚い人間なので男女問わず人気があった。アルファで正義感の強い絹香を年下の男子たちは頼りにしている。  彼らが事情を知ったら希美を腫れ物扱いする可能性は大いにあった。  何よりいじめっ子である光輝のいとこだ。光輝のグループに所属すれば、光輝にいじめられてきた子どもたちの反感や、ひんしゅくを買う状況は免れない。  それでも朔夜は転校してきたばかりの女の子を邪険にしたり、うまくあしらえるほど冷酷無慈悲でもなければ、異性の扱いに長けていなかったのだ。 「どうしたの、朔夜くん? なんだか元気がないわね」  希美が朔夜の手を握って心配そうに声を掛ける。 「ギリギリまで祝辞の手直しをして朝飯もまともに食ってないから、腹が減ってるのかも」 「あら、そうなの。まじめなところも、すてき!」 「……どうも」 「ねえ、この後、どこかでお昼を一緒に食べない? この町にもレストランや喫茶店、パン屋さんがあるんでしょ。朔夜くんオススメのお店を教えてよ」 「いや、この後は兄貴と家で食べるから。悪いけど、それはできない」 「残念。じゃあ、また今度、どこかへ行きましょう!」  女らしく積極的にアプローチをしてくる希美に朔夜は半笑いする。 「坪内さん、ごめんね。ちょっと手伝ってもらえる?」  新しく植仲町にやってきた女の養護教諭が希美に声を掛ける。  希美は残念そうに朔夜の顔を見つめ、手を離した。「はーい」と間延びした返事をして紅白幕を壁につけるのを手伝いに行く。  仕事や人生に疲れ果てたサラリーマンのように哀愁漂う背中をした朔夜を、下級生たちが凝視した。 「なんで魂の番がいるのに転校生と仲がいいの?」「ひなちゃんのこと、もう好きじゃなくなったの?」と目で問う。  クラスメートである一部の男子は「なんで朔夜が、あんなかわいい子に好かれるてるんだよ」とさっそく陰口を叩き、やっかんだ。  非難じみた視線を浴びながら、朔夜はパイプ椅子を眺めた。来賓用の椅子が人数分そろっていないから妙な空白ができている。ポッカリ胸に穴が開いたような、さびしい印象がする場所を早く埋めたくて、朔夜は追加の椅子を急いで取りに行った。 「朔夜ったら、いいよなー。坪内さんみたいな美人に好かれて。モテ期到来じゃん」  来賓客用のパイプ椅子を運んできた好喜が、パイプ椅子を開いて設置しながらぼやいた。「なんで魂の番がいるのに、いい思いをするんだよ」と朔夜をジト目で見る。  苛立っていた朔夜は好喜のすねにゲシゲシと足蹴りした。 「ちょ、痛いって! いった……何するんだよ!」 「うるせえ。こっちの気も知らねえで勝手に羨ましがってんじゃねえよ」 「だって、超絶美少女から猛烈アピールされてるんだぜ!? 普通の男だったら、よだれもんだぞ!」 「んなもん知るか」 「坪内さんがオメガだったら両手に華だぞ!? おまえ、うれしくないのかよ?」 「俺だってなあ、おまえみたいにベータで、好きなやつがいなけりゃ喜んだよ。だけど俺には幼稚園の頃から、ずっと好きなやつがいる。魂の番だっていうのに、ぜんぜん恋愛対象として見てもらえない。俺が日向に長年片思いをしていて報われないのは、好喜、おまえだってわかってるはずだろ? それなのに、そんなことを言ってくるのか」と朔夜は小声で怒鳴った。  すると好喜は、すねた表情をして「……それはそうだけど」と不本意そうにつぶやく。  好喜の発言を耳にした朔夜は、ふたたびため息をついた。  ――アルファの中にも魂の番や番を持つことよりも、より多くの女やオメガの男と性的関係を築くことを優先する好色者がいる。  そんなアルファの男を羨ましいと思うベータの男も多い。  オメガの男女でも苦しい生活を抜け出すために、そのようなアルファに囲われることを自ら望む者もいる。

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