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第18章 おじゃま虫2

 だが、アルファの多くは自分だけのオメガを、唯一無二の存在を求めている。魂の番などという一生に一度出会えるかどうかもわからない運命の相手を血眼になってさがすのだ。  朔夜にとって日向は魂の番であり、崖っぷちの人生を一瞬ですてきな人生に変えてくれた恩人でもある。  砂場で転んだ日向を助けるために手を差しのべた、あの日。本当に救われたのは朔夜のほうだ。  親族や光輝たちから、のけ者にされ、兄から家族として認めてもらえず、透明人間だった自分に居場所と存在理由を与えてくれた人。  だから、どんなに容姿が優れ、人徳のある人間が現れても、朔夜には日向しか眼中にない。バース性をオメガからアルファに変え、真っ暗闇の世界から連れだしてくれた人は、この世で碓氷日向――ただ、ひとりだけ。  ないがしろにできるわけがなかった。 「俺は日向以外いらねえんだよ。ほかのやつなんて、どうでもいい」 「そりゃあ碓氷は男と思えないくらいに顔もきれいだし、すっげえいい子だよ。けど、オメガとはいえ男じゃん。アルファの中にも男同士、女同士で番になるのは『気持ち悪い』って思う人がいる」 「ほかの連中の意見なんて関係ねえ。あいつがそばにいて幸せそうに笑ってくれるだけで幸せだ。第一、坪内さんは光輝のいとこだぞ。これ以上、面倒ごとに巻き込まれたくねえよ」 「ふーん、そういうもんなのかね?」と好喜は釈然としない様子で頭の後ろに両手をやった。 「坪内さんが、俺なんかを選ぶ理由がわかんねえし、なんか裏があるんじゃねえかって思えてならねえんだ」 「裏? いやいや、ないっしょ! ありえないって」と好喜は、朔夜の杞憂を笑い飛ばす。「(たで)食う虫も好き好きって言うだろ。きっと坪内さんは朔夜の何かが気に入ったんだ。まあイケメンじゃないおまえが選ばれる理由なんて、上級アルファってことしかないけどなー」  悪意なく好喜は思ったことをツラツラと連ねた。  思わずイラッと来た朔夜は好喜の頭の横へ両の拳をあて、グリグリと圧力をかける。 「ぎゃっ!」  「おまえ、なんなんだよ? さっきから変に突っかかってきてマジでウゼえぞ」 「うるさい、今日からおまえは敵だ!」  朔夜の手から逃れた好喜が大声で、がなり散らして朔夜指差した。 「モテナイ男連盟からおまえは脱退。マジで贅沢だぞ!? 女子から好かれない男たちのことを少しは考えろ!」  何度目かわからない大きなため息をついた朔夜は、ぎゃあぎゃあ怒鳴る好喜を放置し、舞台下からパイプ椅子を出している男性教諭から椅子を受け取りに行った。  嘘でもいいから坪内さんの言葉を日向に否定してほしかったなとパイプ椅子を運びながら朔夜は、心の中でつぶやく。 「駄目だよ、坪内さん。さくちゃんは僕の魂の番。僕のアルファなんだから、とっちゃ駄目!」  日向が嫉妬してくれることを期待して、想像通りにいかんなくて落胆している。あいつが、やきもちをやいてくれなかったからって勝手に裏切られた気分でいる。  魂の番、それ以外に俺と日向を結びつけるものは何もない。  胸の奥で何かがチリチリと焼けるような感覚を覚えた朔夜は、紺色のパイプ椅子を開いて設置すると、体育館の外から色鮮やかな花々の入った鉢植えを取ってきて、花道を作っている日向へ目線を向けた。  嫌われてはいない。むしろ好かれてる。きっと誰よりも信頼されている、と朔夜は頭の中でひとりしゃべった。日向にとって俺は、弱い人を助けるヒーローでしかない。魂の番であるアルファとしても、男としても意識されてないんだ……。  日向は外で植木鉢を受け取る列に並びながら、ぼうっと外の景色を眺めた。  黒いアスファルトの地面の上をすずめが二羽、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。二羽は体育館前にある細い針葉樹へと移った。隣に並び、チュンチュンと鳴いて会話を交わす。それから追いかけっこでもするみたいに、青空へ向かって飛んでいってしまったのだ。 「碓氷くん。次、これ、お願い」 「あっ、はい」  紫色のパンジーが入っている白い長方形型のプレートを受け取った日向は、体育館の花道を作っている女性教師の指示に従い、プレートを置く。パイプ椅子を開き終わった朔夜の姿が視界の端に映り、顔を上げる。  さくちゃん、どうしたんだろ? 何か考え込んでるみたいだけど大丈夫かな……? 日向は朔夜の様子がいつもと異なることに気づき、声を掛けようと手を肩まで上げたのだが――「朔夜くん! ねえ、これ、どう思う!? お花、ななめになってない?」  二階のテラスでテープリールや造花を飾りつけていた希美が朔夜に話しかける。 「平気だ。大丈夫だと思う」 「よかったわ。ありがとう!」  希美は、うれしそうに笑みを浮かべて朔夜へ手を振った。  ふたりが会話する光景を目にした日向は手を下げた。  なんだろう? 異様に胸がモヤモヤして、気持ち悪い……。  日向はシャツの胸元を掴み、目線を足元にある花々へとやった。 「どうしたの、日向くん? なんだかぼうっとしてるみたいだけど」

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