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第18章 おじゃま虫3
弾かれたように日向は顔を上げ、振り返った。
体育館の床に花のプレートを置いた空 が立ち上がる。
「大丈夫だよ、空ちゃん。なんでもない」
空は、朔夜に話しかけている希美の姿を眺めた。それから日向の黒曜石のような瞳を見つめ、口を開く。
「ふたりのことが気になるの?」
「……うん、なんだか変な感じがするんだ」
日向と空は、ふたたび花を取るために縦の列へと並び直し、話し続けた。
「さくちゃんのことを好きになる女の子がいてビックリした。ほら! 今まで、さくちゃんが女の子から告白されるなんて話、一度も聞いたことがなかったから」
「日向くんがいるからだよ」
「僕?」
すっとんきょうな声を出した日向が、人差し指で自分を指差す。
「うん。だって日向くんと朔夜くんは魂の番だもん。番となる運命のもとに生まれ、赤い糸で結ばれている者同士。そんなふたりを引き裂こうと考える子はいない。何より、朔夜くんの目に映っているのが日向くんだけだって、この町の女の子はわかってるから」
「……そうかな? そうは思わないけど」と眉を八の字にした日向が曖昧に相槌を打つ。
「朔夜くんは、嘘をつかないからすごくわかりやすい。日向くんは当事者で、いつもそばにいるから気づけないんじゃないかな。私みたいに、ふたりを遠くから見ている第三者だからこそ、わかるものがあるんだ」
そういうものなのだろうかと戸惑いを覚えながら日向は自分の下履きへと目線をやる。
「ねえ、空ちゃん。変なことを聞いてもいい?」
「いいよ、なあに?」
「空ちゃんのお母さんが光輝くんのお父さんと再婚して、空ちゃんは光輝くんの妹になったでしょ」
「うん、そうだよ。それがどうしたの?」と空は首を横へ傾ける。
「光輝くんは幼稚園の頃から僕のことを『気持ちの悪いオメガ』って敵視してる。それなのに、どうして空ちゃんは僕にやさしいの? 坪内さんのいとこなのに、敵に塩を送るような真似をして大丈夫? 光輝くんにいじめられたりしない?」
空は淡い桜色をした唇に人差し指をあて、目線をわずかに下げながら、まばたきをくり返した。二、三秒経ってから手を離し、彼女はかすかに微笑んだ。
「大丈夫だよ。ああ見えて、お兄ちゃんにも思いやりのある一面があるから」
「えっ!? あの光輝くんが!」と日向は目を丸くする。自分だけでなく、とんちかんな疾風やヒーローのような朔夜、正義の味方のような絹香にも意地悪をしてきたあの光輝が、兄として空に接しているのを一度も見たことがなかったからだ。
「あっ、ごめんね。失礼な態度をとってたりして。光輝くんが妹である空ちゃんにやさしくしている姿が想像できなくて……」
「気にしないで。実際、お兄ちゃんと学校で話すことなんて、ほとんどないもの」
日向の失言を特に気にするそぶりも見せず、空はゆるくかぶりを振った。
「私は私だし、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから。家族ではあっても血はつながってない。考え方も、育ってきた環境も、価値観も全部違う」
空の母が光輝の父親と再婚したことで空と光輝が兄妹になったことを思い出した日向は、それもそうだよなと合点し、心の中でうなずいた。
「だから、お兄ちゃんが日向くんたちを目の敵にしても、私は日向くんや朔夜くんと普通に話すよ。友だちが困っていたら、おせっかいかもしれないけど『助けたい』『力になりたい』って思うのは自然なことだと思うんだ。坪内さんは日 ノ 目 家の親戚だから、はっきりいって、どんな人なのかよくわからない。でも朔夜くんが坪内さんの対応に困っているのも、日向くんの様子がおかしいのも見ていてわかる。ねえ、日向くん、このままでいいの? もしも坪内さんと朔夜くんが恋人になって、つきあい始めたりしたら、どうするの?」
どんどん列が前へ進み、子どもたちが花を受け取る。そうして体育館の床に花道ができていく。
日向は空の言葉を聞いた途端にピタリと足を止めた。
「どう、だろう……よくわからないや」と日向は瞳を揺らす。
そうかと思ったら大雨により川の水が増水してあふれ返り、地表へなだれ込むようにして、一気にしゃべり始めたのだ。
「さくちゃんが坪内さんとつきあうことになっても、ごく自然なことだと思う」
「えっ……」
「もし彼女やほかの女の子とさくちゃんが恋人になっても、僕はさくちゃんの友だちだから、さくちゃんの恋人である女の子のを応援したい。大人になっても、さくちゃんの結婚式に呼んでもらって友人代表として、お祝いの言葉を……」
「ちょっと待って、日向くん」
映画の中に出てくる登場人物が、地球外生命体と初めて邂逅したときのような顔を空はする。日向の手を引っぱって列からはみ出る。そうして体育館の隅まで移動し、周囲を気にしながら声のボリュームを落とした。
「自分が何を言ってるかわかってるの? 朔夜くんに限って、坪内さんを好きになることは、まずない。これから先大人になっても、よっぽどの理由がない限り、ほかの女の子と結婚することはないんじゃないかな?」
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