142 / 157

第18章 おじゃま虫4

「そうかな? 僕は空ちゃんのようには思えないよ。だって先のことは誰にも、わからないんだから」  淡々とした口調で日向は答えた。  空は日向の発言に眉を寄せる。 「じゃあ日向くんは、このままじゃ坪内さんが変な勘違いをしちゃってもいいの」 「変な勘違いって何? だって僕とさくちゃんが恋人じゃないのは事実だよ」  なんともいえない顔をして空は口を閉ざす。 「ごめんね、変な話につきあわせちゃって。この話は、もうおしまい! 早く残りのお花を飾っちゃおうよ」  日向は無理やり口元に笑みを浮かべた。 「……うん、そうだね」  そうして日向と空は列に並び直したのだった。  ――そもそも日向には恋がどんなものかよくわからなかった。  漫画や小説、ドラマや映画の世界では大人のカップルがディープキスをしたり、身体をつなげることがあると知っていた。大人でなくても高校生や大学生が親や保護者に隠れて(中には親や保護者たちも了承済みというカップルもいる)、大人と同じことをしているのも。  絹香だって朔夜のいとこである一学年上の和泉(いずみ)とつきあっているし、洋子にいたっては父親の仕事の部下の息子と将来結婚する約束までしている。  彼女たちが彼氏と手をつないでデートをしたり、ほっぺや額、唇にキスをし合ったり、ハグをする話を日向は、よく耳にしていた。  しかし、それはあくまでも男女の話。  男同士、女同士でつきあっている人間は植仲町にはいない。いたとしても誰も公言しないし、隠している。  朔夜と日向はアルファとオメガ。しかも魂の番だ。  だから、ふたりが男女のように交際しても、なんらおかしなことはない。  だが実際は――日向の父親である(ゆき)()のように同性愛を嫌悪する人間が多くいる。  ベータである光輝たちからも「カマ野郎」と気持ち悪がられている。 「女みたいに生理があるのか? 『あたしねえ、今日、おしりから出血してご機嫌ななめなのー』」だとか「ケツの穴から、うんこみたいにガキを産むのかよ。キモ!」と、からかわれるのはしょっちゅうだ。  そのたびに朔夜が日向を助けていた。  だけど日向は朔夜のことを恋愛対象として見ることができなかったのだ。意味もわからないまま、ただ朔夜の家族になってそばにいたい思いから、番となって結婚をする約束をしてしまったのだ。  一歩ずつ大人に近づいてくにつれて日向は、自分の「好き」と朔夜の「好き」が違うと気づいた。  朔夜をかっこいいと思うのは、同じ男として「この人みたいになりたい」と尊敬し、憧れる気持ちから。  彼の相棒になれるよう剣道を習い、ベータやアルファと試合になっても勝てるほどに、日c向の剣道の腕前は上達していた。彼が強くなるにつれ、光輝たちからの物理的な殴る・蹴るといった、いじめの回数も減っていった。  ……さくちゃんが坪内さんとつきあったとしても、おかしなことじゃない。僕は漫然とさくちゃん(アルファ)に守られるお姫様(オメガ)じゃないんだ、と希美と朔夜の姿を黒曜石のような瞳に映しながら思った。  お母さんと、さくちゃんのお母さんだって魂の番だけど番にならなかった。今でも友だちとして、すごく仲がいい。だから僕とさくちゃんが番になる必要だってないんだ。さくちゃんは、友だちでいるほうがずっといいことに気づいてないから、そんなことを言うんだ。  いつもお父さんに泣かされている()()()()みたいには絶対ならない。やさしいさくちゃんが怪物になる姿を見たくないから僕も、さくちゃんも女の人と結婚して、子どもたちや奥さんを大切にする。どんなに幸せな日々を過ごしているかを、ときたまお酒を飲んで話すんだ。そうやって死ぬまで友だちとして交流し続ける。  どんなに女の子みたいな見た目で、オメガの子宮が体内にあっても、僕は女の子じゃない。れっきとした男だ。  男なのに、男のアルファの奥さんになったり、子どもを生むお母さんになんてなりたくない。……子どもなんて生みたくないんだ。

ともだちにシェアしよう!