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第19章 兄弟2
「サッカーと空手以外はからっきし駄目。人が体調不良になっても思いやりのかけらもない。本ばっかり読んでる根暗で裏ではこうやってウジウジしているおまえに、そんなことを言われたくないな」
「なんだと!?」
「いいよ、怒れば? おまえの話は、もう聞かないから」
うなり声を出して朔夜は怒りを抑え、「悪かった」とぶっきらぼうに謝った。
弟のそんな姿を見て、燈夜はきょとんとした顔のまま、まばたきをする。てっきり朔夜が殴りかかってきてギャンギャン鳴き喚くとばかり思っていたからだ。
「……いや、俺も言い過ぎたよ。大人気ない態度をとった」
燈夜はクローゼットのハンガーを手に取ってブレザーを掛ける。
顔をくしゃりと歪ませ、奇怪なものを見たような顔をした朔夜は兄の背中を見つめた。
「べつに日向くんから嫌われてるわけじゃないんだ。会話だって、ほとんど毎日してるだろ」
「それは、そうだけど……」
「絹香や穣なんかと一緒に遊んだり、出かけることだってある。小学生の子どもには、それで充分だ。ふたりきりでデートをしたり、キスするなんていくらなんでも早すぎる。せめて中学に上がってからにしろよ」
「……日向から嫌われてねえのは、わかってる。けど、一番の友だちだと思われてるのが、いやなんだよ。なんで『おまえは特別だ』って言ってるのに、わかってくれねえんだ?」
「『おまえのことが好きだ。つきあってほしい』って、ちゃんと伝えないからだろ」
りんごのように顔を真っ赤にした朔夜が「な、な、な、何を言って……」と視線をせわしなく動かし、声をどもらせた。「幼稚園のときに『結婚してくれ』って言ったし、日向も了承してくれたぞ!?」
「一体、何年前の話だよ。おまけに今よりもチビだった頃だろ。日向くんだって、とっくの昔に忘れてるよ。たとえ覚えていたとしても『結婚や番のことをよく知らない幼い子どものたわごとだ』って思われてるって考えたことはないのか?」
あからさまにおもしろくなさそうな顔つきをした朔夜が、そっぽを向く。
「おまえが一言、『好きだ』って言えば済む話だ。振り向いてもらえるまで何回でも、何十回でも玉砕すればいい」
「俺に死ねって言うのかよ!?」
「バカ、そんなことくらいで死ぬな。父さんを見てみろ。『情けない男は嫌い』って数えるのも頭が痛くなるくらい母さんに振られ続けたのに、最後はゴールインしたんだぞ。アルファの女はオメガの男よりも妊娠しにくいっていうのに、母さんは俺たち、ふたりも子どもを生んだんだ。今だって、ふたりでデートしたり、旅行に行ったりして仲がいい」
ティーシャツにジーンズとラフな格好になった燈夜がクローゼットの扉を閉める。
「日向くんだって大人に近づいて、オメガとして成熟すれば否応なしに発情期が来る。おまえが愛の言葉を囁けば一発KOだ。たくさんキスしながらやさしく抱いて、うなじを噛めばゴール」
「だから、それがいやだって言ってんだろ!? アルファとオメガっていう力関係のある状態でセックスして『はい、番になりました』って、そんなの野山にいる獣と変わんねえじゃねえか! 俺は発情期の来ていない状態の日向に、アルファとしてじゃなく、ひとりの男として愛されたいんだ……セックスしてガキ生むのが目的じゃねえ。ただ、ずっとそばにいてほしいんだよ。じいさんになって死ぬ瞬間まで、あいつの伴侶として隣にいたい。それだけなんだよ……」
――人間だって本当の意味では獣と変わらない。同じ哺乳類という種族の動物だ。そして動物は――生命は子孫を残し、増えなければ、いずれは絶滅する。
人間が彼らと違うところは、資源が枯渇し、食べるものがどこにもないとわかっても漫然と餓死する道を選ばないこと。
資源が再度増えても、増えなくても、まずは弱者である人間を間引く。
そして子どもを授かる身体をしていても、たとえ母胎に命を宿していても「生まない」という選択肢をとれることだ。
――そんな自論を小学生のガキに話したところで意味がないなと燈夜は、首を横に振った。
「母さんとおばさんみたいに友だち止まりがいやだって言っても、日向くんがおまえに振り向かない限り、どうしようもないんだぞ」
「だから、どうしたら日向に好かれるのかを、兄ちゃんに相談してるんだろ!」
「あのなあ、『一瞬で好きな子に好かれる魔法』が、あるはずないだろ? あったら、とっくの昔にほかの大人たちが使ってる。俺が言えることはない。お手上げだ。嫌われないだけ御の字と思え」
朔夜は口をへの字にして燈夜を睨みつけた。
「それよりもいいのか? 叢雲の当主は、おまえと自分の娘が結婚することを望んでるぞ」
はっと朔夜は鼻で笑う。人をバカにする笑みを浮かべ、挑発的な目つきをする。
「なんで俺が叢雲のアルファの血を残すために、好きでもない親戚のガキと結婚しなきゃいけねえんだよ。誰が、あんなヒヒじじいたちの言うことなんて聞くもんか! 父ちゃんや母ちゃんに、ひどいことをしてきたやつらの言いなりになんて、死んでもならねえ」
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