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第22章 大きな変化3
「キーキーわめくな、うっせえんだよ」と朔夜は眼光鋭く希美を睨んだ。「日向は人に意地悪するようなやつじゃねえ。ましてや理由もなく人に八つ当たりする姿は幼稚園のころから一緒にいるけど一度も見たことがねえよ。つい最近この町にやって来たばかりのあんたが、日向の何を知ってる? 知ったかぶりすんな」
「だったら、なんで碓氷くんは光輝を殴ったりしたの!? 光輝が、かわいそうだわ!」
眉をつり上げた希美が抗議すると、興味なさそうに朔夜は彼女を一瞥した。
「きっと光輝がまた、ろくでもないことを言って日向を怒らせたんだろ。やつも、いとこであるあんたの前では猫をかぶってるからな。俺たちが見ている光輝と、あんたが見ているいとこの姿じゃ正反対だ。日ノ目光輝は、ろくでもねえ性格をした生粋のいじめっ子だからな。日向や鍛冶だけでなく絹香や俺、この町のほとんどの子どもがあいつから、いじめられたり、差別されたことがある」
「朔夜くんが光輝からいじめられた? それこそ何かの冗談でしょ。だって、あなたはアルファの中のアルファだもの。第一、火山くんや蛇崩さんが光輝たちから嫌われるのには理由があるわ」と希美は引きつった笑みを浮かべ、光輝を弁護する。「火山くんはいつも人とズレていて話が成り立たないし、蛇崩さんは親がいなくてお金もない下級アルファなのにふんぞり返ってる。意地悪されるのも当然の報いよ」
「確かに鍛冶は人の神経を逆撫でするようなことをすぐに口走る。だけど友だち思いで日向や疾風のことを大切にしてるし、悪意をもって人をバカにしねえ。絹香だって両親から捨てられたのは、あいつの責任じゃねえよ。好きで下級アルファの女に生まれたわけじゃねえんだよ。それでも自分の運命を受け入れて、あいつはあいつなりに精いっぱい生きてる。何より道徳心があって正義感も強いあいつには何度も助けられてきた。
『上級アルファ』の父親を持つ金持ちだからって、オメガやベータ、下級や中級のアルファに意地悪をしていい理由はねえ。偉そうにふんぞり返って人をバカにしてるのは、むしろ光輝のほうだ。俺だって日向と同じだった。『オメガ』として生まれ、あいつと出会うまでアルファじゃなかったんだ」
「そんな……朔夜くんが、元・オメガ……」と希美は震え声で、しゃべった。
「ああ、そうだ。オメガだから仲間外れにされて、殴られて、ひどい言葉をかけられた」
自嘲気味な笑みを口もとに浮かべた朔夜を前にした希美は、両の拳を強く握りしめ、わななかせる。
「光輝の金魚のフンをやっている連中と一緒にいる坪内さんも、日向をオメガだってバカにしてるじゃねえかよ。変な言いがかりまでつけて」
「ひどいわ、朔夜くん! ほかの子たちだって口をそろえて言ってるのに……なんであなたに、しつこくつきまとってる子に、やさしくするの!? その子が好きだから? そいつは穴の中に性器を突っ込まれるためなら、誰彼構わず誘う汚らわしいオメガなのに!」
「だったら絹香や衛に訊け」と朔夜は日向の隣に立ち、そっと手を握る。
日向は瞳を揺らして希美から朔夜へと目線を移した。
「俺が日向のを好きだから、そばにいさせてもらってる。しつこくつきまとってるのは日向じゃない。俺のほうだ」
淡々とした口調で朔夜が答えると悔しそうに希美は赤い唇を噛んだ。
「違う……」
蚊の鳴くような声で日向はつぶやき、朔夜の手を握り返した。
怒りをあらわにした希美と、顔色を悪くした朔夜の目線が集まる。
「さくちゃんは、僕につきまとってるわけじゃない。僕も、さくちゃんに、そばにいてほしいと思ってる。いつも一緒にいて、話しかけて、笑いかけてほしい。僕も……さくちゃんと同じ気持ちだから彼のそばにいるんだ」
思ってもいない言葉を日向の口から出て、朔夜は口を半開きにし、目を大きく見開いた。
「ごめんね、坪内さん」と日向はズボンの生地を両手で握りしめながら希美に謝罪した。「嘘をついたわけじゃないけど、ひとつだけ訂正させて。僕は……坪内さんの恋を応援できないよ」
「何を――」
「だって僕も、きみと同じ。さくちゃんのことが好きなんだ。それに僕は、さくちゃんの魂の番 で……彼氏だから」
瞬間、朔夜の心臓は胸から飛び出してしまいそうなくらい、大きく鼓動を打つ。
これは都合のいい夢なのか? 期待と不安が少年の胸の中でぐるぐると渦を巻き、混ざっていった。
光の加減によって空や葉のようにも見える朔夜の灰色の瞳の中に日向がいる。自分と同じアルファの視線が、下等生物である日向 に注がれている。その現実は希美にとって屈辱的なことであり、彼女を苛立たせた。
「何よ、碓氷くん。私を騙してたの?」
「違う、そんなんじゃ……」
「そうじゃなきゃ話がおかしいじゃない! アルファである朔夜くんを私にとられるのが惜しくなったから、こんな騙し討ちをしたの? そうよね、あなたは父親から愛されていないし、母親は自分の都合のいい夢ばかり見て現実を見ようとしない。そんなあなたが朔夜くんを失ったら、何ひとつ残らないもの!」
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