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第22章 大きな変化4

 弱点を思いきり突かれた日向は息を詰め、胸をナイフで刺されたかのような痛みに襲われる。  日向が傷ついた表情をすると、希美は勝ったといわんばかりに不遜な笑みを浮かべた。  だが――「帰るぞ、日向」  朔夜はテーブルの上に袋詰めされているマフィンが入った紙袋を手に取り、日向の手をやさしく引いてドアのところへ向かう。 「ちょっと待ってよ、朔夜くん!」 「悪いけど坪内さん。あんたが何をしようと、何を言おうと俺の気持ちは変わらねえ。俺の一番は日向だけだ」 「なんで、そんなことを言い切れるの!? 今は、この狭い町にいるから、碓氷くんのことが魅力的に見えてるかもしれないけど、魔法と同じよ! いずれは魔法が解ける日が来る。この町を出て広い世界を知れば、そんな子、どうでもよくなるに決まって――」 「そうだ。あんたに聞き忘れていたことが、ひとつあった」  振り返った朔夜は無感動な目つきで希美を目に映し、彼女の話を遮ったのだ。 「あんた、『坪内昂明』って人、知ってる?」 「えっ?」と眉根を寄せて希美は訊き返した。「誰よ、それ。知らないわ」 「俺の兄ちゃんが通ってる高校にいる転校生なんだわ。坪内さんと苗字が同じで、あんたと同じアルファなんだけど」 「へえ、珍しい偶然もあるものね。それで?」と彼女は口もとに笑みを作った。 「嘘をつく人間は顔の筋肉や目の動きが、いつもと違うんだよ」 「……なんのこと?」  希美は頬の筋肉を引きつらせ、朔夜に問い返す。 「前回は、坪内昂明の名前を出さなかったし、俺もあんたがどういう人間か知らなかった。だから、ごまかせたんだろうけど、今回は違う。どんなにうまい嘘をつくやつでも『自分が嘘をついている』という認識があれば、何かしらのボディーランゲージとして表面に現れる。普段の表情と嘘をついているときの表情をビデオに撮って比べれば、それは一目瞭然だ」 「変なことを言わないでよ。ここにはカメラなんて……」 「悪いけど、俺はアルファに転換(スタディング)した元・オメガなだけじゃなく、カメラアイって言ってカメラみたいに見たものを映像や画像として脳にインプットできる能力を持ってるんだ。瞬間記憶能力なんてふうにも言われてるな」  すると希美は真っ青になり、唇を震わせた。 「あんたの表情を、この一ヵ月でインプットした。だから今、あんたの()()について訊いたとき、一瞬だけ表情が強張ったのが、わかったよ。答えを出すまでの間、目を閉じている時間が異様に長かったし、目もとが笑ってなかった。  あんたは俺に『兄弟なんていない』って嘘をつき続けていたんだ。いとこの光輝と一緒になってオメガである日向を陥れるために俺を利用した。よっぽど自分に自信があったんだな。それか、あんたたちの読みが甘かったんだ。愛想と色気を振りまけば、俺が日向から離れると思ったら大間違いだよ」 「ち、違うわ! 私は、そんなことを考えてない……誤解よ、朔夜くん。信じて!」  涙目になった希美が朔夜の肩に触れようとすると、朔夜は、その手を引っ叩いて拒絶した。 「……どうして……? どうして、私にこんなことをするの!?」 「あんたが光輝を使って俺の大事な人を傷つけたからだ。今回は、これで許すけど、あんたや、あんたの兄貴が光輝と結託して変な気を起こしたら、そのときは覚悟しろ。これ以上日向に手を出したり、傷つけたら、次は容赦しねえ」 「さ、さくちゃん……」  日向は困惑した状態で自分の手を握る朔夜の横顔を見つめた。  すると朔夜は無言のまま日向の手を引き、いささか乱暴に家庭科室のドアを閉めた。  頭に血が上り、怒っている。そんな朔夜の背中を見つめながら日向は、頭の中で朔夜にかける言葉をさがしていた。  そのままふたりは廊下を歩き、階段の手前まで進んだ。  タイミングよく職員室から調理部担当の教師がやってくる。 「あっ、よかったー。ふたりとも仲直りができたんだね!?」 「せ、先生!?」  手をつないでいるところを人に見られ、慌てて日向は朔夜の手を放そうとする。  だが朔夜は手を離さなかった。それどころか日向の手を握り直し、恋人つなぎをしたのだ。  コンロの火が着いたかのように日向の顔は熱くなる。  朔夜の行動と日向の変化に気づかないまま、女教師はふたりに話しかける。 「朔夜くん、サッカーやって疲れてるのに無理やり片づけを手伝わせちゃって、ごめんねー」 「いえ、気にしないでください。むしろ俺、先生に感謝してます」 「どういうこと?」と女教師は疑問符を頭に浮かべる。 「先生のおかげで、日向と仲直りできたんです。おかげで前よりも親密になれました。ありがとうございます」  芸能人のようなイケメンや絵に描いたような美少年でなくとも、色素の薄い(はく)(せき)で端正な顔立ちをした少年が、心からの――大切な宝物を見つけて歓喜している――笑みを浮かべ、女教師は顔を真っ赤にして、わざとらしく声をあげて笑った。 「いやー、それなら、よかったよ! うんうん、いいことしたな、私!」  ふたりの姿を目にすると日向は憂鬱そうな表情を 浮かべ、目を伏せた。

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