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第22章 大きな変化5
「それじゃあ、帰りの会があるんで俺ら、教室へ帰ります。行こう、日向」
「う、うん……」
清々しい青空のような笑みを浮かべた朔夜は、日向を連れて階段を上る。
階段を上りきると朔夜は教室へ向かうのではなく、鍵の空いたままの理科室へ日向を連れ込み、彼を抱きしめた。
殴られてアザのできている日向の身体を考慮した緩い拘束だったが、突然のことに日向は仰天する。
「さ、さくちゃん!?」
「……夢じゃないんだよな?」
朔夜の声は、かすかに震えていた。
頭をグーで殴られたような衝撃を受けた日向は、朔夜を抱き返すこともできない状態で茫然とする。
「俺ら恋人になったんだろ? 嘘じゃ……ないよな……?」
黒曜石のような瞳を閉じ、日向は朔夜の言葉に返事をする。
「……そうだよ。僕も、さくちゃんのことが好き。きみと同じ気持ちだよ」
勢いよく朔夜は日向の身体から手を離すと、歯に何か挟まったかのように口もとをモゴモゴさせ、目線をせわしなくキョロキョロさせた後、うれしそうにはにかんだ。
「じゃ、じゃあ、今日が俺らの交際記念日だな! 何か、お祝いしねえと……」
「ねえ、さくちゃん」
「なんだ!? ふたりでこの後、どっかに出かけるか!? でも、おまえ、怪我してるもんな。今日は身体を休ませたほうがいい。熱とか平気か?」
そうして朔夜は心配そうな顔をして日向の額と自分の額にに手をあてた。
真剣な顔つきをして自分のことをあれこれ考えてくれる恋 人 に対して日向は、お日様のような笑顔で答えた。
「心配してくれて、ありがとう。熱は出てないから平気」
「そっか、ならよかった」
朔夜は手を離すとまなじりを下げ、安心したように穏やかな笑みを浮かべた。
「お祝いは、今週のゴールデンウィークの初日にどうかな? 穣くんの誕生日も近いし、誕生日プレゼントをさがしがてら、ふたりで――デートしない?」
熟れたりんごのように頬を赤らめ、灰色の瞳を輝かせた朔夜は、尻尾を高速回転させている犬のように大喜びした。
「いいな、それ! 俺らが出会ったのもゴールデンウィークの最中だったし……!」
「そうだね。なんか不思議な感じ……どこに行く?」
「うーん……後で、ゆっくり考えようぜ。家に帰ったら連絡するよ」
「うん、待ってる。後ね、昔みたいに本の貸し借りもしたいな。さくちゃんのオススメの本とか、今、読んでるものを教えて」
「もちろんだ! ああ、ヤベえ、どうしよう。……マジですげえわ」と朔夜は鳶色の前髪をかき上げた。「めちゃくちゃ、うれしい。俺、今すっげえ浮かれてる……起きたら布団の中にいた、とかじゃねえよな?」
すると日向は右手の人差し指で朔夜の頬に触れた。
軽い圧迫感とやわらかな指の感触がすると同時に、ふわっと日向からバニラアイスのようにおいがする。目の前にあるかわいらしい微笑に朔夜は、胸をときめかせた。
「どう、夢じゃない?」
「あ、ああ、夢だったら、何も感じないはずだもんな!」
「ねえ、さくちゃん。絹香ちゃんたちにも後で僕たちが付き合い始めたことを報告しない?」
「そうだな、穣に先に断っておいて、あいつの誕生日パーティのときに、チョロっと話させてもらおうぜ。サプライズみたいな!? それまでは俺たちが付き合い始めたことは内緒だ」
「うん。じゃあ、教室に戻ろっか」
「おお!」
理科室のドアを開けた朔夜は、鼻歌を歌いながらスキップでもしそうな勢いで、廊下を歩いていく。
だが日向は――神妙な顔つきをして朔夜の後ろをトボトボと歩いていたのだ。
そして窓に映る彼の背中には、血まみれになったヒ ム カ が人形のように表情のない顔つきをして、おぶさっていた。
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