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第23章 初めての恋人4

「坪内さんの件か?」 「そうだ。あの人、兄弟がいるのに『いない』って嘘ついてた。多分、兄ちゃんの知ってるやつが坪内さんの兄貴なんだと思う。それに光輝と結託して日向に対して悪巧みをしてるっぽいんだ」  燈夜は、朔夜の言葉を耳にするなり、右手をあごにあて目を伏せた。 「なあ、兄ちゃん。坪内昴明って、どんなやつなの?」 「言っただろ。オメガを():ノ・()としか見ないやつだよ。アルファはオメガが発情期になってないときは、無理やり手を出しちゃいけない。でも、あいつは、そんなのお構いなしだ。そもそもオメガが本気でいやがったり、セックスしたくないときは、抑制剤を飲んで救護したり、ほかのやつらから貞操を守る義務が上級アルファにはある。  その役目をはなから放棄して好き勝手にレイプしたり、何人ものオメガの項を噛んで番にした上で簡単に捨てるのは犯罪だ。ましてや忘却のレテなんていう危険視されている薬をアルファの都合で使って、番契約を無理やり解除していいわけがないだろ。番になったオメガを殺害するも同然の行為なんだから」  あれ? と朔夜は疑問に思う。  魂の番と幼い頃にであった朔夜と違い、燈夜は恋愛も、魂の番にもまったくといって興味がなかった。  両親の教育によってオメガをひどく差別することはないものの叢雲本家の人間や親戚の影響をひどく受けている。  だから抑制剤を持たずに発情するオメガに対して、侮蔑の眼差しを向け、バカにしていたのだ。そもそもオメガが発情すること自体に嫌悪感をあらわにしていた。  オメガに興味がなかった燈夜には、弟である朔夜が、どうして日向を大切に思うのか、その気持ちが理解できなかったのだ。  個人的に燈夜は、日向の人柄を評価し、性格的に相性も悪くない。外見だけ見れば、そこら辺にいる町の女たちよりも女らしい顔立ちをしていて、芸能人のようにきれいだとも思っていた。  それでも男性器のついた男であることに変わりはない。  自分の弟が、異性でなく、同性に思いを寄せている。  その事実は、生的的に受け入れられるものではなかった。  反対に長年、家族としてともに過ごしてきた朔夜には、兄の気持ちが、なんとなく読めるようになっていた。  そして彼のカメラのような目と、アルバムのように人物の表情が大量に収められている脳が、過去と現在をすぐに比較検討する。  朔夜は、色恋に興味がなく、オメガを徹底的に眼中に入れていなかった燈夜の顔つきが、やわらかなものになっていることに気づいた。  その目は、すぐ近くにいる朔夜を映したり、彼が話題に出している日向や坪内兄妹を頭の中で描いているものではなかったのだ。 「なあ、兄ちゃん」 「なんだよ?」 「オメガで好きな人が、できたのか?」  燈夜は焦げ茶色の瞳を見開き、歯の隙間に食べ物が挟まったような顔をする。 「……バカ言うな、おまえと俺は違うんだ。俺は、オメガに恋なんかしない」  口ではそう言っているものの燈夜の健康的な肌色に、さっと赤みがさしたのを朔夜は見逃さなかった。  ココアを一気に飲み干そうとして燈夜は口の中をやけどし、「熱っ!?」と短い悲鳴をあげ、しかめっ面をする。 「おい、大丈夫かよ!?」 「……うるさいな、これくらい平気だ」  燈夜が白いスラックスのポケットに入れてあったPHSが電子音を奏でる。 「母さんからだ」と燈夜はボタンを押し、耳にあてる。「もしもし」 『燈夜、家にはもう帰ったの? それとも、まだ学校の弓道の自主練?』 「まっすぐ家に帰ったよ」 『そう。なら、よかった』 「朔夜に変わる? それとも何か伝えとこうか?」と燈夜は弟へ目線をやった。 『じゃあ、もうすぐお夕飯ができるから、店のほうに来てって言っといてくれる。今夜は、お父さんが作った新作のラーメンを試食してね』 「うん。朔夜にも伝えておく。じゃっ」  電源ボタンを押して燈夜は立ち上がった。 「おふくろ、なんだって?」 「夕飯の準備ができたから来いって。父さんが新しくラーメン作ったって」 「へえ、新作って、なんだろ?」と朔夜は燈夜の後をついていく。「ちゃんぽん麺? それとも天津麺かな? カレーラーメンや麻婆ラーメンも候補に上がってたよな」  そうして燈夜は玄関前のくつ箱の上にあった鍵を手に取り、朔夜と外に出る。 「さあな。俺も知らされてない。行ってからのお楽しみだ」  朔夜たちの住む家から五分歩いたところに耕助のラーメン屋はあった。 「本日定休日」と書かれた看板が店の入り口に立てられているが燈夜は鍵を開け、正面入り口から入っていく。その後ろを歩いている朔夜が鍵を回し、かけ直す。 「おかえり、燈夜、朔夜」 「ただいま」と朔夜たちは母親に挨拶し、カウンター近くの席につく。  父親である耕助は半袖のTシャツ姿で頭にはタオルを巻いている。真剣な顔つきをして麺を大鍋から出し、湯切りしている姿を見ていた朔夜は、慣れた手つきで水差しを持ち、水色をしたプラスチック製のグラスへと冷水を入れた。  燈夜は箸やレンゲをナプキンの上に並べながら、「新作って、なんなの?」と父親に話しかける。  白い歯を見せ、まなじりにしわを作って耕助は「すぐにわかるよ」と返事をする。

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