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第23章 初めての恋人5

「あんたたちも、お腹ペコペコでしょ。先にこっちを食べてなさい」とふたりの母親である()(ゆみ)がトレイを手にして料理を運んだ。  銀行員の制服であるタイトスカートから、動きやすいストレッチパンツ姿になった彼女は、赤いバンダナを頭にして、紺色のエプロンを身に着けていた。  燈夜と朔夜の前に、トマトときゅうりと蒸し鳥のバンバンジー、黄色いヤングコーンや小さなうずらの卵が入った彩り豊かな八宝菜、そしてエビの桜色と枝豆の黄緑色が透けて見える蒸し春巻きの載った大皿が三枚置かれた。  黒茶碗には炊きたての白米が盛られている。 「腹八分目までよ。今日はラーメンとデザートも出てくるから」と真弓が腰に手をあてる。「ちゃんと、お父さんとお母さんのぶんも残しておいてよね」  一言残して真弓は業務用冷蔵庫のところへ行き、デザートの準備を始める。 「いただきます」と手を合わせて兄弟は、さっそく食事をとる。 「うめえ! 父ちゃんの飯、やっぱ最高!」と朔夜は、しょう油をつけた蒸し春巻きを口の中へ放り込んだ。  八宝菜を小皿にわけた燈夜は、朔夜の言葉にうなずき、口角を上げる。 「朔夜がチビのときは、『ラーメン屋さんなんてうまくいくわけない』って決めつけていたけど、今じゃ常連さんもついて昼時や夕飯時には、お客さんでいっぱいだもんね」  ふたりがご飯をモリモリ食べていると耕助がラーメン用のどんぶりを両手に持ってきた。 「さあ、新作の担々麺だぞー。おまえら、試食、頼むな」  朔夜と燈夜は待ってましたとばかりに大喜びした。  白い湯気の立つどんぶりの中には、まるでマグマのような毒々しいオレンジ色をしたスープが入っていた。ゆで卵とほうれん草がプカリと島のように浮かび、中心には灰のような白ネギが山のように盛られている。  ラー油とトウガラシの混ざった香りが目にしみるな。  恐る恐るといった様子の朔夜が、細麺を箸で掴み、すすった。 「あれ? 見た目に反して案外辛くねえや。むしろ甘い?」 「だよな、まろやかでコクがある感じ」と燈夜がレンゲでスープを飲んだ。 「安心して、ふたりとも。見た目はすごく辛そうに見えるけど、ちゃんと小・中学生でも食べられる味になってるから」  バンダナとエプロンを外した真弓が朔夜の隣の席に座った。 「豆乳をたっぷり使ってあるから辛みを感じにくいの。隠し味に入れた、すりごまとピーナッツバターのおかげで、辛いものが苦手な人でも食べれるようになってるのよ」 「真弓、お待たせ! おれらのぶんもできたぞー」と耕助が自分たちの担々麺を持ってきて、一家は団らんしながら夕食にありついた。 「それにしても今日はすんなり来たわね。いつも喧嘩して、なかなか来ないのに、どういう風の吹き回し?」  真弓が食後の杏仁豆腐を口にしながら朔夜たちに尋ねる。  朔夜は牛乳寒天を口にする手を止めた。銀のスプーンを置き、コホンと演技がかった咳払いをひとつして、立ち上がる。  耕助と真弓は不思議そうな顔をして、次男に注目した。  気恥かそうに両手をすり合わせながら、朔夜は発声練習でもするみたいに声の調子を整える。 「じつは、おふくろと親父に報告したいことが――」 「朔夜と日向くん、恋人になったんだって」  すでに杏仁豆腐を食べ終わり、冷たいアイスティーをグラスに入れていた燈夜が、朔夜の代わりに答えた。  すると朔夜は顔を真っ赤にして、いつもの調子で兄に食ってかかった。 「ふざけんな! 俺が言おうとしてるのに、なんで言うんだよ……!」 「モタモタしてるからだろ。単刀直入に言えよな。ていうか急に敬語で話すとか不気味なんだけど」 「なんだと!?」  息子たちが兄弟喧嘩をしている横で「こ、恋人!?」と一拍遅れて真弓が叫び声をあげ、目を白黒させる。  最後に食事をとり始めた耕助は、ちょうど担々麺のスープを口にしている最中だった。彼は驚愕のあまり誤ってスープを誤飲し、顔を真っ赤にして、ひどくむせる。 「お、親父、平気かよ?」 「父さん、大丈夫!?」 「もう耕助ったら! しっかりしてよね……」  耕助は、妻や子どもたちに「心配するな」とジェスチャーをとった。  途端に真弓が目を三角にして朔夜のほうへ向く。 「朔夜! あんた、いつから日向くんと、そういう関係になったの!?」 「今日から」 「今日から、今日からですって?」と真弓は天を仰いだ。  すぐに気を取り直した彼女は、朔夜の両肩に手を置き、真剣な顔つきをする。 「まさかとは思うけど……日向くんを裸にして、身体中を触ってベロチューしたり、うなじを噛んだりなんてこと、してないでしょうね?」 「するわけねえだろ! 交際初日のカップルなんだぞ。ほっぺにキスだってしてねえんだから……!」  母親の爆弾発言に朔夜は目を剥き、鬼のような形相をして怒鳴り散らした。 「そう、それならいいのよ」と真弓は一安心したといわんばかりに息をついた。「あんたが日向くんに告白したの?」 「そうだけど。やっぱり母ちゃんたちも、『魂の番だからって男同士で付き合うのは変だ』って思うのかよ。俺が日向の彼氏になるのは、親として、いただけない……気持ち悪いか?」

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