170 / 170

第23章 初めての恋人8

「それでも、あなたは、あなたという人間です。代替品は、この世に存在しない。一部の強者たちの手で売り買いされる安い商品でも、道具でもありません。あなたが動物のように発情するオメガで、どうしようもない愚か者であり、大勢の人たちから『役立たず』とラベルを貼られてゴミ扱いされても、その事実は変わりません」  日向は目線をそらそうとするが、陽炎は許さなかった。  だが日向は、すべてを諦めきった暗い表情をして、つぶやく。 「そんなの、ただの理想論じゃないか。きみは傷つくことのない世界にいるから、無責任なことを好き勝手に言えるんだ」  陽炎はため息をつき、右目にかかっている前髪を手で撫でつけた。 「ええ、そうですよ。あなたの言う通りです。僕は遠くから眺めるだけの傍観者。おかげで気楽にいられます。だとしても、今のあなたが言ってることは、むちゃくちゃです」 「むちゃくちゃで何が悪いの?」と投げやりな言葉を日向は口にした。「全部失って、誰にも気づかれず、ひとりで消えるのは、さみしいことなんだよ。魂の番なんだから『仕方ない』って、さくちゃんは受け入れてくれ……」 「それが、あなたの本音なら、僕はあなたを軽蔑します」  哀れみの眼差しを向けた陽炎が立ち上がり、風呂のへりをまたいだ。 「朔夜くんや、お母さんの気持ちを考えず、()や周りの人たちを振り回している自覚がないんですか? 朔夜くんと違って、出ようと思えば出られるのに、自ら殻の中へ閉じこもろうとしている。そうして周りの人たちが不幸になるのを望むなんて……」  いつの間にか暗いワイシャツに黒いスラックス、黒いローファー姿の陽炎は壇上にいた。  彼の背後には、大きな白いスクリーンがあり、風呂の中にいる日向の映像が大きく映し出されている。  映像の中の日向を陽炎は憎々しげな様子で一瞥し、舞台の袖へと歩いていった。  舞台は闇に包まれた。

ともだちにシェアしよう!