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第24章 ドキドキ初デート3

「うん。さくちゃんがアナフィラキシーショック起こさないよう、気をつける。もし、さくちゃんが苦しがったり、倒れたときは、すぐにエピペンを太ももの外側に打って救急車を呼ぶこと。でしょ?」  日向は子どものときから何百回も聞かされてきた言葉を復唱した。 「注射の打ち方なら緊急抑制剤の講習で習ったから、わかってる」 「そう、なら大丈夫ね」と明日香は微笑んだ。 「それじゃあ、いってきます」  ドアノブに日向が手をかけると「待って!」  母親に明日香に呼びとめら、振り返る。 「抑制剤は持った? 首輪と緊急避妊薬は? 万が一のことがあったら大変よ」  ピタリと動きを止めた日向は瞳を揺らし、唇をかすかに震わせた。 「……もちろん。ちゃんと持ち歩いてる。いつオメガの発情期が来るか、わからないもんね。さくちゃんにいやな思いをさせちゃったら大変だ」  苦笑しながらドアノブをギュッと握りしめた。 「朔夜くんのことだから、きっと付き合い始めたことを真弓ちゃんや耕助くんに話してると思う。あのふたりは、あなたが発情期になって朔夜くんと事故で番契約を結んだとしても責めたりしないわ。むしろ家族総出で謝りに来ると思うわ。  日向が了承するのなら朔夜くんとの結婚も準備して、これからの生活や赤ちゃんのこともいろいろ考えてくれると思う。だけどね、日向の身体は大人に近づいていても、まだ妊娠や出産に堪えられる段階には完全にできあがっていないの」  ああ、またこの話か……と日向は、どんよりとした気分になる。  どうして男なのにオメガは妊娠する身体をしているのだろう? 誰かを「誘惑」し、性行為をすることも、子どもを生みたいとも望んでいないのに、オメガのフェロモンは僕の意思を無視して男性器を持つ者をおびき寄せ、種を求め、半強制的に子どもを授かるようにするんだろう――と。  不本意な番契約による妊娠を回避するため、思春期になったオメガは抑制剤、首輪、緊急避妊薬を持つように国や病院・医療機関から指導される。この三つは公共機関を始め、さまざまな場所で無償配布されている。  学校の特別講習を受けた日向も養護教諭からもらった。  抑制剤で懇意にしている人間以外をむやみやたらと誘わないようにし、レイプされそうなときは指紋認証により着脱可能な首輪をつけ、番契約が行われないよう回避する。最後まで行為が行われてしまった際は、緊急避妊薬を飲み、病院へ三日以内に受診することがオメガには義務化されていた。 「うなじを噛まれて、番契約をアルファと交わしたオメガは、妊娠する確立が非常に高いわ。抑制剤を打ってコンドームをつけない状態で行えば、ほぼ、百パーセント確実。まだ子どもで、大人に成長しきっていない日向が妊娠したら、出産に堪えられない。ベータの女の子だって子どものときに性行為を行ったり、出産したら、子宮破裂で死ぬ場合があるんだから」 「うん……すごく怖いなって思う」 「そうでしょ。まして日向は男の子だもん。腸内破裂で命を落とすかもしれない。そうしたら、あなたも、朔夜くんも傷つくことになるわ」  ……めんどくさいな。そんなのどうだっていいよ。  日向は、心の中で悪態をついた。  ベータやアルファの女の子だって、こんなものを持ち歩いてない。どうしてオメガは男でも弱いんだろう……なんで、誰かに犯されるんじゃないかって、ビクビクしながら生きなきゃいけないの? と、のどの奥が詰まり、息が苦しくなるのを感じながらも、お日様のような笑みを浮かべたのだ。 「大丈夫。最悪の状況にならないようにするから!」 「そう――それじゃあ、気をつけて。いってらっしゃい」 「いってきます!」  明日香は笑みを浮かべながら手を振った。  ドアが音を立てて閉まる。  鍵をかけた彼女の脳裏に、朔夜の母親である真弓の顔が浮かんだ。  そうして彼女は、小学校低学年の頃の記憶を回想する。 『ねえ、明日香。明日香は将来、何になりたい?』  鉄棒で逆上がりの練習をしている明日香に向かって真弓は声をかけた。  何十回も逆上がりの練習をして、腕も、手もクタクタに疲れていた明日香は、休憩できると思って話題に飛びついた。 『パティシエとかコックさん! 食べるのも、作るのも好きだから。真弓ちゃんは?』 『キャリアウーマン。男に負けないくらいお金を稼ぐの。それでお父さんや、お母さんに楽をさせてあげるんだ』 『すごいね! 真弓ちゃんはアルファだから、きっとなれるよ。大人になった真弓ちゃん、カッコいいだろうな……憧れちゃう!』  ヒールを履き、化粧バッチシのスーツ姿で颯爽と歩く真弓の姿を思い浮かべた明日香は、うっとりとした顔をする。  明日香の横にいた真弓はクルンと逆上がりをしてから金属でできた棒をじっと見つめる。 『……私がカッコいいお姉さんになれたら、明日香は私のお嫁さんになってくれる?』 『えっ?』  瞬間、明日香は真顔になり、隣にいる真弓のことを凝視した。  真弓は首を横にブンブン振る。 『ううん、なんでもない。逆上がりの練習、再開! このままじゃ通信簿で体育の点数、悪くなるよ』 『ええー! まだ、やるの!?』と明日香はブーイングをあげる。 『ごちゃごちゃ言わないで、はい、もう一回!』

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