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第24章 ドキドキ初デート6

「ごめんね、変なふうに気を遣わせちゃって」  しゅんとした日向を前にして、朔夜はこめかみのあたりを指先で掻いた。 「いつもの私服姿でも充分似合ってる。それに……」  そこで朔夜は頬を赤らめ、口をもごつかせた。 「どうしたの、さくちゃん?」と日向が訊き返す。  すると朔夜は黒いキャップを握りしめ、右側の窓のほうへと顔を背けた。 「おまえがどんな姿をしてても、か……かわいいって思ってるから」 「かわいい」と人から言われるのが苦手な日向にとっては、褒め言葉にならないと朔夜はわかっていた。  たとえ日向が女でなく自分と同じ男でも、朔夜にとってはかわいくて、きれいな存在であることに変わりなかったのだ。  バスがショッピングモールのところで停車し、最後尾の右の席へ幼い少年がいそいそと席に着く。  抱っこ紐をして首の座った赤子を抱いている母親が、少年の後を追いかける。  タイミングが悪いなと心の中で愚痴をこぼしながら朔夜は顔を正面に向けた。  バスが発車する。  朔夜は親子連れへ目線をやった。  乗り物が好きなのか、少年は椅子にひざをつき、窓の外の風景をウキウキしながら眺めている。  母親の抱いた赤子が喃語を発す。  母親は赤子をあやしながら、その格好じゃ危ないでしょ。ちゃんと座りなさい」と長男を叱りつけた。焦げ茶色のショートヘアスタイルで、首の後ろにはアルファの噛み跡があった。   ちらと横目で朔夜は日向のほうを確認する。  日向は耳まで赤く染め、眉を八の字にしていた。 「な、なんだよ……怒るなって約束しただろ!?」  まだ、ふたりが出会って間もない頃「こんなかわいい子が男なわけない!」と主張し、日向を泣かせてしまったことを覚えていた朔夜は動揺する。 「違うの。怒ってるわけじゃない」  蚊の鳴く声で日向は鼻の辺りに手の甲をあてた。 「僕は、さくちゃんみたいに、かっこいい男になりたいって思ってる」 「お、おう……」  さらりと日向から「かっこいい」と言われ、口もとがにやけそうになるのを抑えながら朔夜は耳を傾ける。 「誰もが憧れる強いヒーローにはなれなくても、女の子たちが憧れる王子様みたいになりたいって。だから剣道も、勉強もがんばってるし、苦手なマラソンも努力してる」 「……そうだな。おまえが『オメガだから弱いんだ』って言われないよう、がんばってるのを知ってるよ」 「それなのに、僕、どうかしてる。前は、きみから『かわいい』って言われても、ぜんぜんうれしくなかった。それなのに、今はすごくうれしいって思ってるんだ」と苦しげな様子で話しながら日向は目をつむった。「今も『かっこいい』って人から思われたい気持ちがあるんだよ。ほかの人から『かわいい』なんて言われたら『やだな』って感じる。でも、きみの言葉だと、ぜんぜんいやじゃないんだ。こんなこと今まで一度もなかったのに……」  それって――俺のことを少しは意識してくれているってことか? そう思った途端、朔夜の心臓は大太鼓を打ち鳴らすような音を立て始める。 「そ、そうなのか……」 「うん……」  ふたりは顔を赤らめ、言葉を交わさなくなった。 「――次は終点。(くれ)()駅東口、呉羽駅東口でございます」  バスのアナウンスが流れると少年がいち早く降車ボタンを押した。  町の人々は、バスから降りると半数以上が駅の入り口へ歩き始める。  日向と朔夜は母親と子どもたちが降りるのを見届け、一番最後に降りることにした。  乗車券と小銭を運賃箱へ入れていると運転手が朔夜に話しかける。 「おいおい朔夜くん、あんなふうに立ち上がるのは勘弁してくれよ。急ブレーキをかける状況だったら、そのまま頭や身体をぶつけて大怪我をしてたぞ」 「あー……本当にすみませんでした」と朔夜は苦笑し、頭を下げた。 「容姿は奥さんである真弓さんに似てるけど、中身は耕助先輩そっくりだ!」 「えっ……父ちゃんと?」と朔夜は、地味にショックを受ける。 「ああ。先輩も結婚するまでの間は、よく浮かれてたよ。いくら魂の番である日向くんとデートするからって、テンションが上がりすぎ。気をつけないと階段から転げ落ちたり、エスカレーターにズボンの裾を挟んで大怪我するぞ」 「えっ、おじさん! なんで日向と俺がデートするって知ってんの!?」  思わず朔夜は驚愕の声をあげる。  運転手は真顔のまま目をパチクリさせる。 「昨日、しょうゆラーメンを食べに行ったら耕助先輩が『うちの朔夜が今週の日曜に魂の番とデートするんだ。もう楽しみで、楽しみで仕方ないって顔をしててさー』って満面の笑顔で話してたから」 「親父のやつ、勝手にベラベラと人のことをしゃべりって!」と内心、怒り心頭になりながら「ああ、そうだったんですね」と頬を引きつらせ、曖昧な笑みを浮かべる。 「いやー、デートだなんて青春だな……」  幼い子どもの頃から仲がいいふたりの姿を知っている運転手は、親戚のおじさんでもないのに、しみじみと感慨にふけった。  先に小銭を払った朔夜が、バスのステップ台を降り、地面に足をつける。  続いて日向も乗車賃の精算を済ませ、財布をカバンにしまう。 「ほら、日向」  エスコートするように朔夜から手を差し出され、日向は目を丸くする。

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