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第25章 顔を合わせると、いがみ合わずにはいられない関係5

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」 「はい、お願いします」と朔夜はメニュー表をたたんだ。  男はメニュー表を受け取ると隣の席の和泉たちへ声をかけた。 「こちらはお下げしても、よろしいでしょうか?」 「はい、お願いします。後、彼女のデザートを」 「承知いたしました。お飲み物のおかわりは、いかがでしょう?」 「いえ、結構です。とても、おいしかったです」  ギャルソンの男は微笑みを浮かべ、皿をトレーに載せて厨房の中へ入っていった。 「日向」 「何?」 「おまえ……ああいう大人の男が好きなのか?」  唐突な質問が飛んできて日向は「へっ?」と、すっとんきょうな声をあげる。 「嫉妬してるわけじゃねえから勘違いするなよ。アルファの男である俺から見ても、店長は、すげえかっこいいからな……」  そうして朔夜は、中肉中背のギャルソン――黒縁メガネをかけ黒いウルフヘアの男の動きを目に映す。  店長は、子ども用チェアを二席用意し、子どもふたりの手をつないでいる父親と、赤子を抱えた母親の持っていた洋服や本などの袋を代わりに持ち、一家を席へ案内していた。  自ら率先して動き、客をさばいて、ほかのウェイターたちの補助をし、レジを回す男は中級アルファだ。その容姿は、上級アルファの多くが持つ均整のとれた美しさや華やかさはない。  大人がプライベートと仕事で、べつの顔を使いわけるのは、ごくありふれた話だと、両親が共働きで父親が働いている姿を間近で見てきた朔夜は理解していた。  それでも――偽物の笑顔を貼りつけたり、人を見下し辱め、駒のように扱うことばかり考える上級アルファ――光輝の父・太陽や日向の父・雪緒、叢雲本家の人間と比べて、ずっと人間らしく、輝きを放っているように見えたのだ。 「確かに店長さん、すてきだよね」と日向は相づちを打つ。「周りの人をよく見て気にかけてる。お食事の入ったお皿を落としそうになった新人さんを助けたり、困っていそうなお客さんをすぐに見つけて、言われる前に対応してる。みんながおいしいご飯を食べて笑顔になれる状況を作ってるよね」 「なあ、俺も、あんな大人になったら、おまえはうれしい?」  きょとんとした表情のまま日向は小首をかしげる。  まるで面接やお見合いをしに来た人のように朔夜は姿勢を正し、緊張した面持ちで日向の返事を、じっと待つ。 「ないない、冗談キツ過ぎ! 人の気持ちを理解しないで神経逆撫でするのが得意分野だろ。理論詰めして人の弱点を突くおまえが、あんな気配りができてスマートな大人になれるかよ!」  和泉は、朔夜の言葉を盛大に笑い飛ばした。が――「和泉くん、これ以上ふたりの邪魔をしたら割り勘なしよ。|奢《おご》ってよね」  薄目を開けて笑う絹香を前にして和泉は笑顔のまま凍りついた。  今月のお小遣いをすべて雑誌に注ぎ込み、金欠状態だった彼は、瞬間接着剤を唇に塗りたくられたかのように黙り込んだ。  勝ち誇ったような笑みを朔夜が浮かべている間、日向は軽く上を向き、あごに人差し指をあてた。 「んー、どうだろう?」  おしぼりの封を開け、手を拭きながら朔夜は唇を開く。 「『どうだろう?』って……?」 「ほかの人は知らないけど、僕にとってさくちゃんは、昔からそのままでもすごくかっこよくて、すてきだから。僕以外の子にもやさしくて、親切だから」  湯船でのぼせたかのように朔夜は全身の肌を赤らめる。 「なっ、なんだよ、それ。急に恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ」  口もとを、にやつかせている朔夜と、お日様のような笑みを浮かべる日向の様子を、絹香は頬杖をつきながら見ていた。  「|蓼《たで》食う虫も好き好きよね。まあ、さあちゃんが人を見捨てない人間なのは同意見だけど」と絹香は脳内でつぶやいた。 「嘘だ、日向くん! こいつ、俺と喧嘩するたび『死ね!』って毎回、言ってきたんだよ!? きみの前でだけ、ぶりっこして、忠犬みたいな姿を見せてるだけ。幼稚園の頃、オメガからアルファに変わった途端に自分をいじめてきた光輝たちをボコボコにして、自分を無視していた叢雲本家の子に精神的・物理的に仕返ししたことを俺に威張り散らしてたんだよ!」  朔夜を指差し、すべて洗いざらい話したいのを我慢する和泉の顔色は、真っ青だった。唇が開かないよう手で押さえ、机の下では苛立たしげに貧乏揺すりをする。 「なんだよ、そんなに俺のこと好きなのかよ!?」  期待の眼差しを向けながら朔夜は日向の答えを待った。 「うん、そうだよ。僕は、きみが思っている以上に、きみのことが好きみたい。……坪内さんとさくちゃんが一緒にいる姿を見ていたら、いつの間にか『さくちゃんと、お友だちや親友でいるのじゃ、やだ』『さくちゃんだけの特別に、一番になりたい』って思うようになってたんだ」  照れるでもなく、さらっと日向は、朔夜に思いを伝えた。朔夜とともにデートできるのがうれしいといわんばかりの表情で、灰色の瞳をじっと見つめたのだ。  自分で話を振っておきながら朔夜は真っ赤になって沈黙する。 「このまま二十年後、三十年後、さくちゃんが店長さんみたいな大人になったら、きっと今以上にすてきな人になると思う。でも、今すぐ大人になられたら、僕――置いてかれちゃうよ」

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