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第3話

あれから、数週間。 特に代わり映えもなく、毎日同じように過ぎていく。 あの日出会ったお客さんも、当然来てはいない。 金曜の午後、さっきまで晴れていた空からはポツポツと雨が降り始めていた。 「マスター、雨降ってきたので傘立て出して来ますね」 奥にしまっておいた傘立てを持ち、マスターに声をかける。 お願いね、と手を挙げたマスターを見てから入り口を開ける。 すると、どんと目の前から衝撃。 思わず尻餅をついてしまった。 「すみま、せ」 「なんだよ店員かよ……どけ、雨降ってんだから早く入れろ」 雨が降り始め、走って来たお客さんにぶつかってしまったらしい。 強い語気に謝罪を遮られた上、睨みつけられてしまい足がすくんでしまう。 “どかなきゃ”とずるずる這うように避けると、フッと頭の上で笑う声がした。 「ずいぶん気弱だけど、おニイさんSub?」 「す、すみません。あの……っ」 じわじわと圧をかけられ、ゆっくりと頭を整理する時間もない。 息苦しさを感じ始めた時に、お互いに寄る人が来た。 「ごめんなさいっ、遅れてしまいました……あ、の?」 「お客様すみません、お好きなところへお座りください」 お客さんの後ろに駆け寄って来たのは、小柄でビクビクとした女の人。 首元にあるのは、赤い革の首輪。 マスターに手を引かれ、僕は裏の控えまで連れて行ってもらった。 「ふーくん、大丈夫?」 「大丈夫です。すみません、マスター……」 「なら良かった。お互いに怪我はないみたいだし。しかし……いかにもって感じのDom様だね」 控え室の小窓から、さっき来たお客さんたちのテーブルが見える。 男の人は椅子に座り、悠々とメニューを見ながらきなりくんが持って行ったおしぼりを受け取る。 その足元に、女の人がKneel(お座り)の姿勢で俯いていた。 おしぼりもお水も二人分。 女の人の手には、何も渡らない。 「ふーくん、あのお客さんが帰るまで休んでいていいよ」 「でも、マスターときなりくんだけじゃ」 「いいの。顔色悪いよ、ふーくん。きーくんと俺でまわせるから」 ね? と肩をぽんぽんと叩かれる。 その優しさに甘えて、僕は控え室で休むことにした。 目を閉じると無意識に、あの綺麗なお客さんを思い出していた。

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