4 / 91

第4話

コンコンと控えめなノックの音で、目を開ける。 あれから1時間弱、休んでいたらしい。 はい、と返事をするときなりくんが入ってきた。 「文弥くん、さっきのお客さん帰ったよ。体調良さそうなら戻ってね」 きなりくんはそう言いながら僕に近づいて、ぽんと頭を撫でた。 「……ああいう奴がいるから、嫌なんだ」 「仕方ないよ。優位に立つべき人たちなんだから」 「優位であっても、それを振りかざすのは違う!」 さっきまで僕の頭に置いてあったきなりくんの右手が、強くテーブルを叩く。 その音にびくりと体を揺らすと、ハッとしたようにきなりくんは謝った。 「怒鳴ったのは、ごめん。でも……これに関しては許せない。信頼がなきゃ、やっちゃいけないことなのに」 「そう、だね」 「一方的に押し付けられる命令なんて、俺らは何も嬉しくない」 唇をきつく噛んだきなりくんは、近くにあった椅子に座り込んでしまう。 はーと深く息をついた後、申し訳なさそうに話した。 「ごめん、俺……ちょっと頭冷やす。今お客さんいないから、時間、欲しい」 「分かった。マスターに言っておくね」 お疲れ様、と頭を撫でて僕は控え室から出る。 きなりくんの切羽詰まった顔。 彼もきっと、あのお客さんにあてられたのだろう。 力を振りかざすDomは、フリーのSubにとってはただの脅威だ。 抗うだけでも、心がすり減りそうになる。 * 店に戻って、マスターに声をかける。 「マスター、ありがとうございました。きなりくん、少し休みたいって」 「分かった、時間みて声かけるね。ふーくんはもういいの?」 「はい、もう平気です」 ぐ、と力こぶを作って見せると、マスターは安心したように笑ってくれた。 店内のBGMに混じり、雨音も聞こえる。 テーブルを拭いたり、カップを磨いたり。 落ち着いた場で仕事をしたら、さっきまでの記憶も薄れていくようだった。 細かな清掃を終えると、ベルの音とともにお客さんが来店した。 「いらっしゃいませ」 目線をドアに移しながらそう言った後、お客さんの姿を見て心臓が跳ねた。 「一人で。カウンターでもいいですか?」 待っていた、この人を。 爽やかなブルーのシャツは、一部雨に濡れて色濃くなっている。 さっぱりとした格好に、真っ白な手袋。 「は、い。ご案内いたします」 そう、確かに言ったはず。 お客さんが後ろについてきているから、きっと聞こえたのだろう。 だけど僕は、心臓の音がうるさすぎて自分の声すら聞こえなくなっていた。

ともだちにシェアしよう!