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第4話
コンコンと控えめなノックの音で、目を開ける。
あれから1時間弱、休んでいたらしい。
はい、と返事をするときなりくんが入ってきた。
「文弥くん、さっきのお客さん帰ったよ。体調良さそうなら戻ってね」
きなりくんはそう言いながら僕に近づいて、ぽんと頭を撫でた。
「……ああいう奴がいるから、嫌なんだ」
「仕方ないよ。優位に立つべき人たちなんだから」
「優位であっても、それを振りかざすのは違う!」
さっきまで僕の頭に置いてあったきなりくんの右手が、強くテーブルを叩く。
その音にびくりと体を揺らすと、ハッとしたようにきなりくんは謝った。
「怒鳴ったのは、ごめん。でも……これに関しては許せない。信頼がなきゃ、やっちゃいけないことなのに」
「そう、だね」
「一方的に押し付けられる命令なんて、俺らは何も嬉しくない」
唇をきつく噛んだきなりくんは、近くにあった椅子に座り込んでしまう。
はーと深く息をついた後、申し訳なさそうに話した。
「ごめん、俺……ちょっと頭冷やす。今お客さんいないから、時間、欲しい」
「分かった。マスターに言っておくね」
お疲れ様、と頭を撫でて僕は控え室から出る。
きなりくんの切羽詰まった顔。
彼もきっと、あのお客さんにあてられたのだろう。
力を振りかざすDomは、フリーのSubにとってはただの脅威だ。
抗うだけでも、心がすり減りそうになる。
*
店に戻って、マスターに声をかける。
「マスター、ありがとうございました。きなりくん、少し休みたいって」
「分かった、時間みて声かけるね。ふーくんはもういいの?」
「はい、もう平気です」
ぐ、と力こぶを作って見せると、マスターは安心したように笑ってくれた。
店内のBGMに混じり、雨音も聞こえる。
テーブルを拭いたり、カップを磨いたり。
落ち着いた場で仕事をしたら、さっきまでの記憶も薄れていくようだった。
細かな清掃を終えると、ベルの音とともにお客さんが来店した。
「いらっしゃいませ」
目線をドアに移しながらそう言った後、お客さんの姿を見て心臓が跳ねた。
「一人で。カウンターでもいいですか?」
待っていた、この人を。
爽やかなブルーのシャツは、一部雨に濡れて色濃くなっている。
さっぱりとした格好に、真っ白な手袋。
「は、い。ご案内いたします」
そう、確かに言ったはず。
お客さんが後ろについてきているから、きっと聞こえたのだろう。
だけど僕は、心臓の音がうるさすぎて自分の声すら聞こえなくなっていた。
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