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第7話
カチャリと音がして、ナイフとフォークがお皿に置かれる。
幸いなこと……と言っていいのか分からないけど、その合間に新しくお客さんが来ることはなかった。
「ご馳走様でした」
にこやかにお客さんはそう告げた。
僕は布巾を置いて、お客さんのもとに向かう。
綺麗になったお皿とカップをお盆に置き、一礼して流しまで持って行く。
戻ったときに、お客さんは手をマッサージして手袋を付け直していた。
「……これ、気になります?」
「えっ、いや……その、お綺麗なので、すごく馴染んでいるな、って」
本心だけど、しどろもどろになってしまう。
恥ずかしいことを言っているのは分かっている。
彼の問いの答えとして正しいのかは、分からない。
「綺麗、ですか? はは、仕事以外で聞くと恥ずかしいですね」
頬を人差し指でかきながら、恥ずかしそうに笑う姿。
また違う表情に、どきりと胸が跳ねた。
「CMとか雑誌とかで、手だけが映るシーンありますよね。パーツモデルって言うんですけど……俺、主にそれを仕事にしてるんです」
「なるほど、だからそんなに映えるんですね!」
場面に馴染む綺麗な手の動きに、やっと納得する。
僕のその納得は、お客さんには笑われてしまった。
あまりにも隠さずに反応してしまったのは、少し反省している。
「手に傷をつけるわけにはいかないし、日焼けもなるべくしたくないので年中手袋をしていて」
暑苦しいですよね、と視線を下げるお客さん。
少し悲しげに見えるのは、気のせいではないはず。
「そこまで徹底されるなんて、プロですね。そう言う管理って難しいんでしょうし」
「変じゃ、ないですか?」
「さっきも言った通り、馴染んでいるので素敵です。かっこよく見えます!」
仕事のために尽くす姿は、どう見たって格好いい。
それに、何よりもお客さんの雰囲気には手袋すら上品さが増すパーツの一つだ。
「……ありがとうございます、有明さん」
不意に名前を呼ばれて、首をかしげる。
胸元を指さされ、名札の存在を思い出した。
そしてじわじわと、名前を呼んでもらった嬉しさがこみ上げて来る。
「俺は美作と言います。今後もよろしくお願いしますね」
心臓がいくつあっても足りない。
美作さんの言葉や表情の一つ一つが、僕の心を掴んで離さない。
(この人の言葉に、従いたい)
くらくらする頭の中、そんな思いが膨らんでいく。
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