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第10話
その後もう一度ごめんと言ったきなりくんは、先に道具の片付けに行ってしまった。
僕だって、心配されているのが分からないわけじゃない。
ここまで周りに気を使わせてしまう事をしてしまったのは、紛れも無く自分なのだから。
他の人に言っても、信用されないかもしれない。
あさひさんに感じたときめきは、“アイツ”とは違う。
“アイツ”には、別れる時さえも心を開けなかった。
なぜパートナーになったかと聞かれれば、それは僕が“何も知らなかったから”。
……でも、僕はもう無知じゃない。
握りしめていた布巾を広げ、テーブルを拭き直す。
すると、ベルが鳴ってドアが開く。
振り返っていらっしゃいませと言おうとした時、先に「あっ」と声が出た。
「有明、お疲れ様」
「お疲れ様です熊谷さん。どうしたんですか?」
「あー、ちょっとマスターに話があってさ。今奥にいる?」
頷くと熊谷さんは控えの方に向かう。
熊谷さんはこのカフェの店員さんで、とてもクールな人だ。
カフェではDom・Sub・Normalの人達がそれぞれまとまってシフトを入れている。
Domの熊谷さんと同じ日になることはないけれど、休日にこうやってお店に来ることが多くて顔見知り程度にはなっている。
「ちょっと……文弥くん」
他のテーブルも拭きながら店番をしていたら、恨めしそうな声できなりくんが僕を呼ぶ。
「兄貴通す前に俺のこと連れ出してよ……死ぬかと思った……」
「あ、そうだ。奥行ってたんだっけ」
ごめん、と手を合わせるとむくれた顔のきなりくん。
熊谷さんはきなりくんのお兄さんで、今はお互い一人暮らしをしている。
たまにきなりくんの様子を見に来るとは言っていた。
実家では厳格なご両親に育てられ、その影響か熊谷さんは会うたびに小言を言うらしい。
「そう言えば最近は休みの日来てなかったよね」
「兄貴、パートナーと恋人になったみたいでさ。それで休みの日は相手との時間にしてるらしいよ」
「そうなの!? わぁ……」
いいな、と口にしかけてそれを飲み込む。
パートナーで、恋人。
とても自然な流れで、僕もその流れに乗った。
……幸せには、なれなかったけど。
「……相手も大分兄貴を信頼してるみたいでさ。側から見ても、すごくいいなって思った」
羨むようなきなりくんの声。
「さっきは本当にごめん。文弥くんもさ……幸せに、なれるといいね」
失敗したからって、関係ない。
誰だって幸せを望んでいいんだ。
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