12 / 91
第12話
「俺を見て」の言葉は、ストレートに頭に入ってきた。
なんの躊躇いも無くあさひさんを見ると、満足したように笑いかけてくれる。
「ありがとう、良かった……歩ける?」
こくりと頷いて、少し先に進んでいたあさひさんのところまで向かう。
目の前まで行くと、あさひさんは「よし」と笑ってくれた。
コマンドも目立った褒め言葉もないけれど、ざわざわしていた心が落ち着いてくる。
「レストランは……また今度。俺の家でもいい?」
「あさひさんの、お家?」
「うん。ごめんね、聞きたいことがあるから」
真剣さが混じったあさひさんの瞳。
聞かれる事は、分かっている。
その話を公の場でしないと判断してくれる気遣いが嬉しかった。
「分かりました」
僕がそう答えると、あさひさんは僕の背中に手を添えて歩き出す。
まだ怒鳴り声と謝る声は聞こえ続けていたけれど、さっきみたいに怯える事はなかった。
手袋と服に隔たれていても、背中にあるあさひさんの手がとても暖かかった。
*
歩いて15分ほどで、あさひさんのマンションに着く。
ロックを解除してエレベーターに乗り、部屋に案内される。
中は木目調の家具で統一されていて、とても落ち着く雰囲気だ。
「そこに座って。冷たいお茶でいい?」
「はい、ありがとうございます」
肩をすくめながら、テーブルの近くに置いてあるクッションの上に座る。
ふかふかするそれに気が抜け、ふっと笑ってしまった。
お茶を持ってきてくれたあさひさんは「何かあった?」と聞いてくるが、僕は首を横に降る。
「……どう、話し出そうかな」
お茶を一口飲んでから、あさひさんは困ったようにそう言う。
確かに、切り出しづらいことではあった。
それでも……
「僕は、Subです。あさひさんがお店に来てくれた時から、Domだって気付いてました」
僕がそう言うと、あさひさんは驚いて息を飲む。
「そっか、俺がそう言うのに疎いからかな……ふーちゃんのことは、気付かなかった」
「僕が一方的に、あさひさんに惹かれたから分かったんです」
隠す事は、もう出来ない。
いっそのこと明かしてしまえば、関係はどうだって出来る。
「惹かれた?」
「あさひさんがあの日、大丈夫ですよって言った声とか、あげた手とか。それがなぜか、気持ち良くて」
「気持ち、いい?」
僕の言葉を反復しながら疑問をぶつけるあさひさん。
自分でも突拍子も無いことを言っているのは承知の上だ。
「あの一瞬で満たされた自分に気付いて、僕はあさひさんのものになりたいって思ったんです」
僕がそう言うと、あさひさんは目を丸くする。
そしてふにゃっと目を細くした後、僕の近くに寄り、ぎゅっと抱きついてきた。
ともだちにシェアしよう!