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第14話
「なるほど。小さい頼みごとが増えれば、俺がたくさん褒めてあげられる……ってことか」
「はいっ!」
僕がそう頷くと、あさひさんは困ったように眉を下げた。
「ふーちゃんはそんなに尽くして、嫌じゃない?」
「嫌じゃないです! 僕は、あさひさんの喜ぶことがしたくて……」
でも、と。
小さな影があるのは、本当のことだから。
「……不安、で」
ぽろりと落ちた言葉を、あさひさんは拾ってくれた。
「尽くしてないと、不安?」
「いえ……ちゃんと喜んでくれるって、分からないと不安で」
僕がそう言うと、あさひさんはうーんと考えて唸ってしまう。
「前のパートナーの話をしてもいいですか?」
この気持ちは、ちゃんと話さないと伝えられないから。
俺がそう言うと、いいよと言いながら僕と手を繋いだ。
横並び、ぴったり肩もつけてくれた。
「僕の前のパートナーは、高校の時に可愛がってくれてた先輩でした。男の人で、普段すごく優しいんですけど……怒ると手がつけられなくて」
ぎゅ、と僕が手に力が入る。
それを落ち着けるように、手の甲をあさひさんの親指に撫でられた。
「先輩、彼女もいたんですよ。パートナーになってからそれを知って。僕、どんな顔してあったらいいんだろうって思ってたんですけど……僕は、ただの発散相手みたいな位置だったみたいで。弱くて逆らわない……頼る先のない奴、って。暴力受けて怒鳴られて、セックスの強要もされて」
こんな事、言ったら嫌になるかな。
体の関係なんて、やっぱり……
「その人は、ふーちゃんの事褒めてくれてた?」
「全然。いつもプレイが終わるとどこかに行くから、サブドロップは当たり前です。セーフワードは、決めてもくれませんでした」
繋がれた手からあさひさんの気持ちがわかってきた。
あさひさんは、僕が男の人のセックスした事は然程気にしていない。
僕が、褒められもせずセーフワードも言えなかった過去に、怒っている。
痛いくらいに握り締められた手。
決して乱暴じゃない。
堪えて、震えているから。
「ふーちゃんに、同じ思いはさせない……だから、決めようか」
何を?と僕は首をかしげる。
「ふーちゃんがそのパートナーに言いたかったことを、セーフワードに」
思考が一瞬止まる。
あさひさんの大きな決意が分かった。
何も言えなかった過去の僕に、言葉をくれる。
同じ不安なんて、もう来ないだろうけど。
ボロボロの僕を横目に、いつも彼女の元へ行ってしまった先輩に。
言葉をかけずに、去って行った先輩に。
「『置いていかないで』……」
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