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第18話

* 「ふーちゃんの家まで、ちゃんと送り届けるからね」 あれから、あさひさんも僕も心ゆくまで時間を楽しんだ。 緩やかに落ち着いていった嬉しさの波の後、名残惜しいけれど帰ることにした。 お互い明日も仕事がある。 最初は送りも断ろうとしたけれど、好意には甘えたい、と。 簡単に折れてしまったというか、欲に忠実にというか…… 玄関を出てすぐにあさひさんな手を差し出され、送り届けるというセリフ。 一瞬王子様かと思った、冗談抜きで。 「なんか、慣れてますよね」 「ん? そりゃあ……大人の、お兄さんだからね」 「二つしか違わないじゃないですか」 一瞬ムッとしてしまうのは、あまりにも鮮やかなエスコートの所為。 誰かにしてきたみたいだ、と。 あさひさんならあり得る過去の人達に、弱気になる自分がいる。 それが嫉妬の形になってしまうのが、悔しい。 「やっぱり、いましたよね……彼女さん」 「んー……彼女も彼氏も。パートナーもいました」 困ったように笑うけど、隠さないあさひさん。 変に遠慮されるよりかなりマシだ。 「まぁ、最後には全員から振られてるんだけどさ、悲しいことに」 あはは、なんておどけて笑うあさひさん。 あさひさんにどこか、何かあるんだろうか。 少し勘ぐってしまって、一瞬言葉が出なくなる。 「だからふーちゃんにも捨てられないように……俺、頑張らなきゃ」 「僕はまだ、あさひさんの全部知らないですけど……嫌いになんて、なりませんよ」 人を傷つけることを、嫌う人だから。 相手は何が嫌で、あさひさんの元から離れていったのだろう。 「……ありがと、でも。嫌になったら振ってね」 にこり、と貼り付けた笑顔。 「毎回同じ理由なんだ。その内、ふーちゃんにも分かる」 今は、それを教えてはくれないらしい。 変に意識すると、思っているのだろうか。 むしろこんな言い方されると、余計に気にしてしまうのだけれど。 「あ、もしかしてあのアパート? 近くに変な像がある」 「えっ……そう、です。そっか、もう着いちゃったんだ」 不意にあさひさんがそう言い、パッと目の前を見る。 先に告げておいた、変なポージングをした人の像。 像のある広場を中心に、四方にアパートが並ぶ。 その右手側にある建物の2階に、僕の部屋がある。 気付いたらもう目の前で、あっという間だったな……と寂しくなる。 部屋の前まではきゅっと手を握っていたけれど、鍵を探すために離した。 かちゃりと鍵を開けて、後ろに立つあさひさんの方を向く。 「今日はありがとう。明日も頑張ろうね、ふーちゃん」 「はいっ。おやすみなさい、あさひさん」 月明かりが、あさひさんの顔に影を作る。 あさひさんの顔も寂しそうだな、なんて、少し自惚れてみた。

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