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第20話(あさひ)
声をかけると、“きなりくん”が対応に来てくれた。
注文を終わらせると、彼はマスターにそれを伝えて俺の前まで戻ってくる。
じっと俺の顔を見るけど、なかなか口を開かない。
「えー……と。熊谷、さん?」
「きなりでいいです。文弥くんより年下ですし、気遣わないでください」
そう言うけれど、何となくツンとした雰囲気のきなりくん。
まぁ、言う通り気にし過ぎなくても良いかと話し始めた。
「美作さん、文弥くんと付き合い始めたらしいですね」
「あ、もう話したんですね。そうです、昨日話し合いました」
「……少しでも誠意のない行動をするなら、黙ってないんで」
じとっとした視線を向けられるが、それでも俺は落ち着いたまま頷くことが出来た。
「俺は、ちゃんと文弥に向き合う覚悟をしてます。それでも傷つけてしまったら、すぐに身を引くつもりです」
聞いた昔の話を、受け止めて。
二度と置いていかれる寂しさを感じさせない。
それは守る、守らなきゃいけない……
でも、違う不安はある。
「……ま、そんな心配はしてないです。美作さんに会ってから、文弥くんの雰囲気がいい方に変わったので」
「え、そうなんですか?」
「ちょっと明るくなったんですよ。それに、毎日楽しそうですし」
ふーちゃんのことを話すきなりくんの表情は、少し柔らかで。
大切に思われているんだな、と感じるには十分だった。
その分きっと、俺への視線は厳しくなるだろう。
そんなに心配してない、とは言っているけど。
ふーちゃんを泣かせたら殴られる覚悟しなきゃな、なんて。
それと、ふーちゃんが変わったと言う言葉に俺は少し安心していた。
一生懸命な姿を多く見てきたからなのか、昨日の怯えたふーちゃんの姿を見るのは辛かった。
もしも以前のふーちゃんがいつもああだったのなら、痛々しくて耐えられない。
「美作さんに、お願いしてもいいですか?」
頼んでいたドリンクを差し出しながら、きなりくんが言う。
「文弥くんはそう簡単に傷ついたり嫌いになったりしません。でも、痛みに鈍感だから、うまいこと発散させてあげてください」
真剣な顔で告げるきなりくん。
ボロボロだったふーちゃんを知っている人の言葉は、重い。
発散できなかった末を、見てきたから。
「分かりました、約束します」
そう言ってグラスを持ち上げると、コースターに何か書いてあった。
手に取って見たら、そこにはペンで「ふーくんをよろしくお願いします」と。
マスターの親っぷりに、思わずにやけてしまった。
これは持ち帰らなきゃな……
気持ちの溢れるここは、ふーちゃんにとってかけがえのない場だ。
昨日店の話をしていたふーちゃんの穏やかな顔の訳を、理解できた気がする。
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