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第24話(あさひ)

金曜の10時、場所は駅前。 約束の時間まではあと30分だ。 強い日差しから逃げるように木陰のベンチに座る。 期待しすぎて早くきちゃった、なんて。 どうしても自分のところに駆け寄って来るふーちゃんが見たかったから。 ただ、それだけの為に……と自分でも苦笑いが漏れる。 きっと逆の立場でも、ふーちゃんは俺を見つけたら近づいてきてくれそう。 「あさひさん」と呼んでくれる柔らかい声色が、好きで堪らない。 スマートフォンでもう一度映画の時間を確認して、不意に顔を上げる。 控えめに周りを見ながら歩くふーちゃんと、目が合った。 ぱあっと明るくなる、ふーちゃんの表情。 思った通り、ぱたぱたと駆け寄ってきてくれた。 「おはようございます、あさひさん」 「おはよう。ふーちゃんも早いなぁ」 「会えると思ったらうずうずしちゃって……」 近づいてきたふーちゃんの、ゆるいシルエットの袖から覗く細い腕を引き寄せる。 手を繋いで目の前に立つふーちゃんを下から眺めると、いつものお店のときと同じアングル。 「うん、今日もかわいい」 そう言って俺が立ち上がると、ふーちゃんは唇を噛んで俯いた。 並んで見えた、真っ赤になった耳。 「じゃあ最初は映画見て、お昼食べたらゆっくりしようか」 ふーちゃんがこくこくと頷いたのを見てから、手を引いて歩き出す。 5分くらいの道のりの間、そう会話はない。 でも、手を握り返してくれるだけで嬉しかった。 ふーちゃんと繋いでいない方の手を軽く握れば、布の感触。 まとわりついて来る罪悪感を、今だけは忘れたい。 * 映画館には、予定よりも少し早く着いた。 発券を済ませて、パンフレットを眺めたり、上映予定を見ていたり。 「あ、あれってドラマやってたやつですよね」 「そうだね。そういえば録画して欠かさず観てたなぁ」 「僕もです。家だから泣けてたんですけど、映画館だとちょっと……」 その気持ちはすごく分かる。 俺も涙ぐみながら観ていたけど、映画館だと人目を気にして涙を流しづらい。 「ね、俺も泣いちゃいそう。時間はかかるけど、借りて家で観よっか」 「一緒に、ですか?」 「嫌?」 そう聞けば、ふーちゃんはふるふると首を振る。 遠慮がちに微笑んで、答えてくれた。 「当たり前みたいに一緒って思ってもらえるのが、嬉しくて」 そう話していると、開場の時間になっていた。 二人で部屋に入れば、先に入っていた人はまばらにいて。 まだ静かな部屋の中、並んで座ってひそひそと話をして待っていた。 少し経てば、暗くなる室内。 スクリーンをまっすぐ見つめるふーちゃんの横顔を見てから、俺も同じように視線を前に。

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