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第32話
あさひさんが僕の頬を両手で挟んでむにむにする。
そして、「本当よかったぁ」と少し困ったように笑った。
「ぼーっとして、話しかけても“んー”ってしか言わないし……一瞬やばい方かと思って、焦っちゃった」
「すみません。あさひさんに褒めてもらうと、どうしても」
もちろん、している最中もドキドキするしキュンキュンするし。
自分の体があさひさんの言う通りに動くのは、とても気持ちがいいことだった。
でもそれ以上に、あさひさんに褒めてもらって甘やかしてもらうと、全部溶けそうになる。
「ふーちゃんはさ、俺を殺したいの?」
「どういう事ですか!」
「かわいいが過ぎるよ……狙ってないのが本当怖い」
大きな溜息を吐かれて、少しムッとしてしまう。
無意識にカッコいいことをするあさひさんには言われたくなかった。
お互い様だ、とじとっとした目線を向け続ければ、ぽんぽんと頭を叩かれる。
この話はおしまい、と優しく区切られてしまった。
「夜まで時間あるしさ、まーゴロゴロしてようか」
優しく腰を抱かれて、あさひさんが後ろにコロンと転がる。
それにつられて僕はあさひさんの上に乗るように横になった。
重くないように腕を突っ張っていたけど、「いいよ」ってあさひさんの胸の上に置かれてしまった。
ぺたりと胸に頭をつけると、寄せた耳からあさひさんの鼓動が聞こえてくる。
「そうだ、ずっと聞きたかったんだけどさ。カフェの名前ってなんて読むの?」
「アクイールって読むらしいです。フランス語で、本当の発音は分からないんですけど……」
ACCUEILLIR(アクイール)は、フランス語で歓迎するというような意味らしい。
「どんな立場の人でも歓迎します、って気持ちを込めてつけたって言ってました」
「なるほど、マスターの考えるカフェ像が出てるわけだ」
胸からあさひさんの声が響いて聞こえてきて、なんか変な感じがする。
顔が見たいと思って見上げると、肘おきを枕にしたあさひさんと目が合う。
ん?と目線で投げかけられて、きゅーっと胸が音をたてて。
「写真みたい……」
日常の一瞬が、まるで雑誌の1ページみたいに見える。
「ふーちゃんさ、俺の顔好きだよね」
「好きです。カッコいいです」
素直でよろしい、とあさひさんに笑われる。
実際、あさひさんのどこを取っても好きだ。
見た目も性格も、話し方も。
求めていた“優しさ”を詰め込んだのが、あさひさんだった。
出会えたことが奇跡みたいな、僕の理想に足が生えたらきっとこんな感じ。
「俺、こんなに好かれてんの初めてかもしれない」
僕の頬を親指で擦りながら、あさひさんがしみじみとそう言う。
その穏やかな笑顔にまた、僕は満たされていった。
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