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第34話

美人さん……由梨さんは、すぅっとあさひさんを見つめる。 「仕事、どうなの」 「続けてる、順調だよ……」 「……そう。あさひの“大事なもの”は、まだ綺麗なままみたいね」 あさひさんの言葉に、由梨さんはふっと笑う。 悲しそうな顔で、思わず胸が痛んでしまいそうになる。 「付き合ってる人は?」 「……いるよ」 「へぇ、いるんだ。その子には見せられるの? その手」 「っ、由梨!」 あさひさんが、苦しそうな声で由梨さんを呼ぶ。 「見せられるの」って、どういうこと……? アイスコーヒーを持ったまま、僕は2人の話を息を潜めて聞く。 「何よりも守りたいその手より、その子のこと大事にできるの? 私の時と変わった?」 由梨さんの言葉にハッとする。 この人は、あさひさんの元彼女だ。 こんな綺麗な人と……そう思うと、ぎゅっと誰かに心臓を掴まれたみたいに痛くなる。 何も言えなくなっているあさひさんを見たら、余計に辛くなってきた。 カウンター裏では縮こまっていると、きなりくんがひょいとアイスコーヒーを取り上げてお盆にのせた。 その隣にはシャーベットの器もあって、仕事だと持ち直そうと頬を叩く。 変わろうと手を伸ばしても、きなりくんはそれを避けてあさひさんの元へ。 「すみません、ご注文の品です。伝票置いておきますね」 それだけ言ってサラッと戻ってくるきなりくん。 由梨さんはキッとあさひさんを見た後に、自分の席に戻っていく。 あさひさんも前に向き直って、深く溜息をついていた。 僕はきなりくんに背中を押され、キッチンに入れられる。 「何アレ、美作さんの元カノ?」 「そうみたい……」 「ふーん……随分気強そうなの彼女にしてたんだな」 きなりくんはじーっとホールの方を向いて何か考えているみたいだった。 僕らの声に気付いて、マスターもひょこっと顔を出す。 「どうしたの?」 「美作さんの元カノが美作さんにバチバチしてたんですよ」 「バチバチ……?」 「美作さんのすっげー気にしてるであろうことを、割と遠慮なくほじくってました」 きなりくんがマスターにそう説明すると、マスターはあー……と少し嫌そうな顔をした。 そして、僕の頭をぽんぽんと撫でてくる。 今はその暖かさが嬉しくて、大人しく撫でられていた。 「意外なんすよ、あの感じ」 「ふーくんとはタイプが違いそうだね」 「真逆ですよ」 ゲーと舌を出すきなりくん。 なんだがきなりくんは由梨さんのことをよく思っていないみたい。 僕は、ただ……あの人が気になる。 由梨さんの知っているあさひさんは、僕とは違うあさひさんなのかな。

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