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第36話
「いつ怪我するか分からない、知らない間に傷がついてたらって思うと外せなくなってさ。仕事の為に始めたことだけど、なんか過敏になっちゃって」
無理に笑おうとするあさひさんの顔が、不恰好に歪む。
「恋人と手を繋ぐときも、プレイするときもセックスするときも。何があるか分からないって漠然と不安になって、駄目なんだ」
ぎゅっと胸の前で拳を握るあさひさん。
僕は、それに言葉がかけられなかった。
ぽつぽつと落ちるあさひさんの言葉は、まだ止まらない。
もっと言いたいことがあるはずだから。
相槌だけをうって、次の言葉を待つ。
「本当は、ちゃんと触れたかった……俺の手で、愛してあげたかった」
ぽろりと落ちたあさひさんの涙。
頬には跡を残さず、ソファーに染みをつくっていく。
「悩んでたけど、受け入れられない思ってたからさ。話さないで誤魔化してたんだ。それで相手に嫌われるのを、ずっと待ってた」
だからあんな風に、予防線を張ってたのかな。
デートの時に言っていたあさひさんの“嫌われ待ち”の意味が、やっと分かった。
「ずるいよなぁ……俺は嫌わないから、嫌になったら離れてくれなんて。こんなのに不満持たない奴、いないのにさ」
「……僕は」
恐る恐る声を出すと、あさひさんの瞳が僕を捉える。
あさひさんには、僕の考えていることを言わなきゃ。
“人とは違う”なんて、生意気に。
「僕は、気にしないです。家にいるときも、出かけるときも。手を繋いだりセックスしたり、触れ合うべき時に手袋をしてたって関係ありません」
言いたいことは、ただ一つ。
「あさひさんの大切にしているものは、僕も同じように大切にしたいです」
外せないならそれでもいい。
誘われたのは綺麗な指だったけど、好きになったのはあさひさんだから。
今のままの生活でもいいし、もし外したいのなら協力する。
「……いいの?」
「はい」
「一生、このままかもしれないんだよ?」
「怖いなら、怖いままでいいです。もしあさひさんが外せるようになりたいって思った時は、僕も協力します」
固いあさひさんの拳を、両手で包む。
守りたいものなら、僕も一緒に守っていきたい。
「……外したい。ふーちゃんに、触れたい」
「分かりました。ゆっくり、少しずつですね」
閉じていた手を、ゆっくりと開かせる。
そして僕は、あさひさんの指先にキスをした。
……ここで欲張りなことを言っても、いいかな……
「もし、あさひさんの素手に僕が触れても怖くなくなったら……手のお手入れ、僕がしてもいいですか?」
普段から伸ばしすぎないようにはしているみたいで、定期的にヤスリで形を整えているらしい。
本当に、ただの僕のわがまま。
僕があさひさんの身の回りのこともしたいって思う、一方的な気持ち。
「こんな嬉しい言葉、初めて聞いたよ」
やっと、あさひさんの笑顔が柔らかくなった。
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