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第37話
*
「じゃあ僕、明日も仕事なので……」
「待って、ふーちゃん」
あの後夕飯を作って、いつものように食器を洗って。
一息ついた頃にはいい時間になっていたから、帰ろうと立ち上がった時だった。
あさひさんの手が、僕を引き止める。
「今日、泊まってって」
「……え、と」
「ごめん……ちょっとまだ、寂しくて。傍にいて欲しい。ふーちゃんがいると、安心するから……」
寂しい、という言葉にハッとする。
あさひさんの心の弱い部分に触れたのだから、当たり前だ、って。
「気付かなくてごめんなさい……大丈夫ですよ。明日目が覚めたときも、いますから」
すとんと腰を下ろして、あさひさんの目をじーっと見る。
なんだか瞳が子犬みたいで、思わず笑ってしまいそうになる。
こんなに頼ってくれるあさひさんは珍しい。
「ありがとう。ほんっと……ふーちゃんが恋人で、良かった」
「え?」
「俺、今までこんなに素直に言葉に出来たことなかったから。ふーちゃんにだったら、何でも言える」
あさひさんはそう笑って、僕の頭をくしゃっと撫でる。
そして、着替え持ってくるねと立ち上がってしまった。
僕で良かったと言ったあさひさんの顔が、頭から離れない。
ばくばくと高鳴る心臓に、ぽーっと暖かくなる心。
こんなにも満たされた気持ちになるのは、あさひさんが初めて。
僕も、あさひさんが恋人で良かった、と。
今すぐ叫んで伝えたいぐらいだ。
*
先にお風呂どうぞと着替えを渡され、あまり落ち着かないままささっと洗ってしまう。
不意に今日するのかな、なんて考えてしまって慌てて頭を振った。
今日は寝るだけと言い聞かせ、勢いよく風呂から上がり部屋に戻る。
「上がりました。ありがとうございます」
「おかえり。俺もぱーっと入ってきちゃうね」
すぐに入れ替わりで出て行ってしまったあさひさん。
ポツンと部屋に残されて、することも見つけられないままぼーっと部屋を眺めていた。
そして、目に入ったのは棚に並んだケア用品の数々。
化粧水にハンドクリーム、オイルみたいなのもあって思わず近づいて見てしまう。
ハンドクリームにもオイルにも柑橘系の絵が描いてある。
甘いのより、さっぱりしてる方が好きなのかな……
「何か気になった?」
「うわっ!」
後ろからの声に思わずびっくりしてしまう。
振り返るとびっくりした顔のあさひさんがいて、お互い顔を見て数秒で笑ってしまった。
「あの、ハンドクリームとか見てて」
「あー……これから使うよ」
並んでいる中から数本取り出して、テーブルに置く。
あさひさんの隣に座って、どんな風にしているのか手元をじっと見つめていた。
「最初に化粧水で、そのあとにクリームね」
「クリームの後は何もしないんですか?」
「うん。すぐに手袋は良くないみたいだから、馴染ませてるとこ。寝る直前に薄手のものはめてるんだ」
へぇと顔を上げると、すぐ目の前にあさひさんがいた。
近くにあった唇が、僕の唇に吸い付く。
「覚えててね」
にっと笑ったあさひさんに、また心臓が音を立てた。
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