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第40話(きなり)
忙しない夕方を過ぎると、人が落ち着いてやっと一息つく。
残っているのはどうやらパートナーの二人のようで、微笑ましい雰囲気が漂っていた。
終始笑顔を見せる首輪をつけた男と、柔らかい雰囲気の女。
お互い向かい合って座って、ただ普通に話をして。
自分の描くパートナー像とは違い、思わずチラチラと見てしまう。
あぁでも、こんな雰囲気のパートナーが身近にもいたな、と。
機嫌良さそうにカップを拭いている文弥くんに視線を向ける。
あの二人か揃うと、まるで周りに花が飛んでるみたいに穏やかで。
美作さんといる時、ふとした瞬間に文弥くんが笑っている。
そんな光景は、最近ではもう見慣れたもの。
あんな笑顔が出来るようになったことへの喜びを、たまに一人で噛み締めている。
「……そういえばさ、文弥くん首輪貰ってないの?」
「あー、なんかタイミング逃しちゃって。もっと知り合ってからって約束してたんだけど、確認しなくても続けていける感じがしててさ」
「ふーん。欲しいって、思わないの?」
「あれば嬉しいけど……無くても、僕はあさひさんの恋人で、パートナーってことには変わらないから」
にへへ、と笑って照れる文弥くん。
これが我慢じゃなくて本心なのだから、文弥くんは自分より寛大だなっていつも思う。
形が整っていても心が通じていなかった頃のことを思えば、今は見えない繋がりでも安心できる相手だから良いんだろう。
*
最後のお客さんを見送って、片付けをする。
ちょうど閉店してからの仕事が落ち着いた頃、窓の外に美作さんの影。
見慣れた迎えに、文弥くんを呼ぶ。
「文弥くん、迎え」
「あ、来た?」
ぱっと明るい顔を見せてから、片付けたものを指差して確認して、「よし!」と声を出す。
マスターもキッチンから顔を出して、「お疲れ」と。
文弥くんは笑顔で挨拶してから、小走りで外に出る。
「きーくんも、お疲れさま」
「どーも」
マスターはフロアに出て来て、カウンターに座ってぺたりと伏せた。
大きく息をついたマスターは、最近疲れているように見える。
マスターの席の隣に腰掛けると、伏せたままこちらに視線を向けてきた。
「フロア、二人でキツくない?」
「今のところは。客の出入りがバラバラだから分担出来るんで」
「そっか。大変になりそうだったら言って。早めに対処するから」
「はい……つーか、前が暇だったんですよ。このくらいなら、よくある事です」
そう言うと、「たのもしー」なんて茶化すようにマスターに言われてムッとする。
実際、忙しくて手が回らない、なんてことはない。
客ともコミュニケーションを取れているから、まだ大丈夫。
まぁ相手をしているのは主に文弥くんなんだけど。
そこでふと思い出して、マスターに話をする。
「マスターは……パートナーに首輪って贈りますか?」
「確実にこの子とならって思えたら、贈るかな」
「着けさせたいって、思うんですか?」
そう聞くと、んーとマスターは少し考える。
「一番見える“俺のもの”って印だし、着けて欲しいかな」
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